因果性の哲学⑤|因果の決定性説

こんにちは。やまもとです。

しばらく積読していた「因果性」(ダグラス・クタッチ2019)の続きを読み進めています。

前回の「因果の反事実条件説」では、反事実的差異形成という因果性の重要な性質が分かりましたが、反事実的依存性の判定によって因果性を判断するのは難しい印象でした。これは、反事実的依存性の判定そのものに因果性が必要になるように見えるからです。

そこで、差異形成的因果から考えるアプローチを止めて、再び産出的因果のアプローチに戻ります。

産出的因果では、因果性を「原因は結果を生じさせる」と考えますが、これを「原因は結果を生じるように決定する」ととらえなおしたものが因果の決定性説です。

そして、因果プロセス説と同様に、決定性説も古典物理学の考え方を参考にしています。


古典物理学の決定性

物理学では、量子力学を含まない理論を古典物理学と呼んでいます。古典物理学には、ニュートン力学も含まれますし、アインシュタインの相対性理論も含まれます。そして、これらは決定論とも呼ばれています。ここでは、古典物理学を代表して、ニュートンの運動方程式を考えてみましょう。

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質量mを持つ1つの物体のニュートンの運動方程式は、下記のように表されます。

 \displaystyle m\frac{d^2x}{dt^2} = F(x(t))

ここで、F(x(t))は物体にかかる力を表しています。ここで、速度v=dx/dtを導入すると、この運動方程式を解くことができます。

\displaystyle x(t)=x(0)+\int_0^t vdt,\ v(t)=v(0)+\int_0^t\frac{F}{m}dt

この解の第1項x(0),v(0)は現在の物体の位置と速度を表しており、第2項の積分はニュートンの運動方程式という自然法則を表しています。これは、「初期値さえ与えれば、自然法則にしたがって、任意の時刻の位置と速度は決められる」ことを示しています。この性質のことを、哲学では「決定性」と呼び、次のように定義されています。

決定性

「出来事cは出来事eを決定する」とは、「cの生起と自然法則があれば、eが生起するのに十分である」ということにほかならない。cがeを決定するとき、「cからeに向かう決定関係が成り立っている」と言う。

「因果性」(ダグラス・クタッチ、2019)
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また、万有引力を含むニュートン力学は「万物はニュートン運動方程式に従って運動する」という理論なので、運動方程式による決定性を持つ理論、すなわち「決定論」と呼ばれます。哲学では、このような決定論を次のようにまとめています。

決定論

世界の(自然法則が許容する範囲内で)任意の状態は、その他すべての時点で世界に起こることを決定する

「因果性」(ダグラス・クタッチ、2019)
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しかしながら、決定論ではあるものの、実際に任意の時刻の位置や速度を決めることは難しい場合があります。

ニュートン力学ではいわゆる「三体問題」(3つの物体の運動)には解析的な解(数式で書ける答え)がありませんし、非線形力学では「カオス」(初期値のわずかな違いで結果がガラリと変わってしまうこと)になると予測はほとんどできません。また、万物の初期値を同時に知ることは現実的には不可能でしょう。

そのため、決定性があることと、予測可能であることは分けて考える必要があります。クタッチは、次のように言及しています。

予測可能性

予測可能性は世界のふるまいについて理想的な知識(全知)に関わる。通常、そのような知識が及ぶ範囲は限られている。つまり、世界のふるまい自体に決定性が成り立っていても、理想的な認識者が世界のふるまいを予測できるとは限らない。

「因果性」(ダグラス・クタッチ、2019)
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因果の決定性説

ヒューム主義の規則性説

ヒューム主義とは「因果性とは、原因と結果のパターンに過ぎない」という考えで、パターンが何度も観察された結果「『原因と結果が結合している』という信念(あるいは思い込み)こそが因果性である」という考えでした。言い換えると、原因と結果の結合に感じる「必然性」が因果性ということです。

必然性

「因果性という概念には必然的結合の観念が組み込まれている」(ヒューム)。言い換えれば、原因には結果を必然化する要素が含まれている、ということだ。

「因果性」(ダグラス・クタッチ、2019)
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ヒューム主義では、このような考えの下に、次のような規則性説で因果性を判断できるとしていました。

規則性説(ヒューム主義)

「単称の出来事cが原因で単称の出来事eが生じる」とは、以下の3つの条件が満たされることにほかならない。[スタティス・プシロス(2009)]

(1)cはeと時空間的に近接している
(2)cはeに先行して生じる
(3)Cタイプの出来事は常にEタイプの出来事を伴って生じる

「因果性」(ダグラス・クタッチ、2019)

ここで、(3)が必然性を表しています。しかし、言い方を変えると、(3)は「Cタイプの出来事は、常にEタイプの出来事が生じることを決定する」とも言うことができます。すなわち、規則性説は決定性説の1つと考えることができます。

ただし、ヒューム主義では、必然性は単なるパターンであって、それを説明する因果的活力も自然法則も必要ないという立場をとっています。

ミルの無条件性説

ジョン・シュチュアート・ミルは『論理学体系』の中で、「ある結果が引き起こされるのは、その結果を引き起こす条件が全てそろったとき」としました。一見、ある出来事が起きたことでその結果が生じたように見えたとしても、その他の多くの条件が満たされていた中で、その出来事が最後1ピースになっただけ、という考えです。つまり、出来事は条件の1つにすぎないということです。ここで、条件には、瞬間的な出来事以外にも、持続的に続いていた状態が含まれます。

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この場合、ある結果の原因とはその結果を引き起こす全ての条件になり、これを完全な原因と呼びます。条件の1つ1つは、部分的原因と呼ばれます。この前提からすると、「ある出来事がある結果の原因であった」と言うには、「その出来事以外にその結果を引き起こす条件が存在しない」と言う必要があります。言い換えると、「どんな条件が存在しても、その出来事が起きれば必ずその結果が引き起こされる(決定される)」とも言えます。このような原因を、部分的原因の中のほかならぬ原因と呼びます。

このとき、ある出来事がある結果のほかならぬ原因であると言うには、その出来事以外の条件がどんなものであったとしても、その結果を引き起こすことが必要です。これを、ミルは「原因と結果の結合関係は無条件なものでなければならない」と言っています。

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これを、まとめると以下のようになります。

無条件性説(ミル1843)

「Cタイプの実例cが原因でEタイプの実例eが生じる」と言えるのは、以下3つの要件が満たされた場合だ。

(1)cはeよりも時間的に先行していなければならない
(2)各Cには常に各Eが後続しなければならない
(3)ほかにどんな条件が仮想的に追加されようとも、各Cには各Eが後続しなければならない

これら3つの要件がすべて満たされるなら、cはeのほかならぬ原因である。

「因果性」(ダグラス・クタッチ、2019)

ただし、条件には時間的持続する状態も含まれるため、どこまで時間をさかのぼるべきか不明瞭になっています。

マッキーのINUS条件説

J・L・マッキーは『宇宙のセメント』の中で、ミルの考えを洗練して「完全な原因は、連言の選言で表せられる」としました。「連言」とは、複数の文を「かつ(AND)」で繋いだ文章のことです。「選言」とは、複数の文を「または(OR)」で繋いだ文章のことです。ミルの考えに従うと、ここでの1つ1つの文とは、部分的原因を表す条件のことです。

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ただし、マッキーは条件に当たるものを次のように拡張しています。

マッキーはミルの説を洗練し、「条件」を変項で表した。条件には、S〈マッチが擦られる〉といった出来事や、O〈酸素が存在する〉といった背景条件、W〈風が吹いていない〉といった消極的な条件が含まれる。

因果性」(ダグラス・クタッチ、2019)

その上で、マッキーは、ある出来事などの欠かせない部分的原因を「不必要だが十分な条件のうち、不十分だが必要な部分」(INUS=Insufficient but Necessary part of an Unnecessary but Sufficient condition)条件と呼びました。これは、「部分的原因とは協力して結果を決定する1つ1つの条件である」という考えを表しています。

決定性説のまとめ

規則性説、無条件性説、INUS説は、それぞれ因果性を次のように考えている点で異なります。

規則性説

 C \longrightarrow E

無条件性説

 (A\cap B\cap C \cap \cdots) \longrightarrow E

INUS条件説

(A\cap B\cap C \cap \cdots) {\ \rm or\ } ( F\cap G\cap H\cap \cdots) {\ \rm or\ } \cdots \longrightarrow E

このように、規則性説以外では原因は複数の条件から構成されるため、完全な原因と部分的原因を分けて考える必要がありました。

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そのため、決定説とは

完全な原因を『結果を決定する条件』とし、

部分的原因を『その条件の不可欠な部分』として特徴付ける

因果理論

と言えます。(クタッチ2019)

利点と問題点

比較的良い考えに見える決定性説ですが、次のような利点と問題点があります。

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利点

  • 「根本的な実在に関する完全な理論」を思わせる史上有数の物理学理論とうまく調和する
  • 推移性(A\rightarrow B\rightarrow C \rightarrow\cdots)を内包しており、因果の産出的側面をうまく説明できる

問題点

  • 世界に根本的な不確実性が組み込まれていた場合、決定性説はレアケースを説明するだけになってしまう
  • 出来事タイプCの後に99%の確率で出来事Eが起こる場合、100%確実ではないため決定性がないと判断し、因果性はないと判断してしまう
  • 物理法則では過去にも遡れるのに対し、因果性は未来へのみ進むが、この向きを説明することができない
  • 物理学はミクロな詳細を指定するのに対し、因果性ではマクロな条件を含むためいくつか問題が発生する
    • ほとんど関係ないと思われる単称因果過度に認めてしまい、私たちが少数の際立った原因を特定できることが説明できない
    • 反対に、一般的に認められる一般因果(例:ウイルスで病気になる)を十分に認められず、謝った判断をしてしまう
  • 因果の差異形成の側面をうまく説明できない

まとめ

古典物理学との整合性が高いため、物理学者にとって決定性説は比較的理解しやすい因果理論でした。しかしながら、古典物理学を神聖視しすぎではないかとも感じました。

確率的な因果性やマクロな条件の因果性が問題点に上がっていましたが、ミクロな力学をマクロな物理量に確率的に接続する理論として統計物理学が存在します。そのため、ニュートン力学などの決定論だけでなく、統計物理学的な側面も考慮に入れれば、問題点のいくつかは解消しそうだと思いました。

また、因果の未来志向性の説明は、素粒子物理学で議論されているCP対称性の破れ(時間反転対称性を証明する)が決まれば因果性にも応用できるかもしれません。あるいは、統計物理学におけるエントロピー増大則(エントロピーは小さくならない)を応用すると、向きを説明することができるかもしれません。

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