こんにちは。やまもとです。
前回は、信頼の概念構造を明らかにし、一言で「信頼」といって多くの種類があることを書きました。前々回のパラドックスは、ほとんど異なる概念を「信頼」という同じ言葉で表してしまっていることが原因でした。
今回は、山岸が「信頼の構造」の中で主張している理論について紹介したいと思います。簡単にいうと、信頼性あるいは「信頼される」ことではなく、信頼または「信頼する」ことの効果についての理論になっています。
従来のアプローチの限界
還元アプローチ
山岸によれば、これまでの信頼研究のアプローチは、還元アプローチと呼ぶことができます。還元アプローチでは、相手の信頼性の反映として信頼が生まれる(つまり、信頼できる相手だから信頼する)とし、信頼は信頼性に還元されるため還元アプローチと呼んでいます。
還元アプローチには、社会科学的アプローチと心理学的アプローチの主に2つのアプローチがあります。この2つのアプローチは根源的な問いが異なり、前者は「なぜ人々は信頼に値する行動を取るのか?」、後者は「なぜ人々は十分な情報がなくとも信頼するのか?」に注目しています。
- 還元アプローチ(信頼=信頼性の反映)
- 社会科学的アプローチ(問い:なぜ人々は信頼に値する行動を取るのか?)
- 心理学的アプローチ(問い:なぜ人々は十分な情報がなくとも信頼するのか?)
心理学的アプローチの問いは信頼性とは関係がないように見えます。しかし、心理学的アプローチの結論は「信頼は、安定して安全な環境で育つ中で他人を信頼しても大丈夫だと学習することによって生まれ、それ以外の状況でも他人を信頼するようになる」というもので、これは「信頼は、信頼性のある環境の反映で生まれる」ことを示しています。そのため、還元アプローチの一部と考えられています。
還元アプローチの限界
山岸に従って「信頼」と「安心」を区別して考えると、還元アプローチは相手の自己利益を理由とした「安心」の説明になっているものの、相手の自己利益以外を理由とした「信頼」の説明にはなっていません。
社会科学的アプローチは、人が信頼に値する行動をとる理由として、信頼を裏切ると自分自身の利益(評判や愛情も含む)が損なわれるためとしており、「安心」の説明になります。
心理学的アプローチの言うところの安定して安全な環境で育まれるのも、騙されることはないという「安心」であるため、こちらも「安心」の説明になっています。
そのため、山岸の定義する「信頼」に対するアプローチが欠けていることになります。
これと合わせて、山岸は、還元アプローチの限界として3つ挙げています。
- 信頼と安心とを区別すると安心しか説明できない
- 日本社会の一般的信頼の低さを説明できない
- 高信頼者の情報敏感性を説明できない
信頼の解き放ち理論
「信頼の解き放ち理論」は、上の3つの限界を越えるために、山岸が提唱した「信頼」に関する理論で、下記を主張するものです。
信頼の解き放ち理論は、特定の条件(社会的不確実性と機械コストのいずれもが高い状況)のもとでは、他者一般を信頼するという特性が、結果として本人に利益をもたらす可能性のあることを指摘する(理論)
山岸俊男著「信頼の構造」第3章(1998)
理論を構成する命題
「信頼の構造」から引用すると、「信頼の解き放ち理論」は次の6命題から構成されています。
- 信頼は社会的不確実性が存在している状況でしか意味をもたない。つまり、他人に騙されてひどい目にあう可能性が全くない状況では、信頼は必要とされない。
- 社会的不確実性の生み出す問題に対処するために、人々は一般に、コミットメント関係を形成する。
- コミットメント関係は機会コストを生み出す。
- 機会コストが大きい状況では、コミットメント関係にとどまるよりも、とどまらない方が有利である。
- 低信頼者(一般的信頼が低い人)は、高信頼者(一般的信頼の高い人)よりも、社会的不確実性に直面した場合に、特定の相手との間にコミットメント関係を形成し維持しようとする傾向が強い。
- 社会的不確実性と機会コストがの双方が大きい状況では、高信頼者が低信頼者よりも大きな利益を得る可能性が存在する。
用語の定義
一般的に使われている言葉が多く、誤解を招きやすいので、命題で使用されている用語の定義を示しておきます。
信頼
「安心」とは区別された「信頼」のこと。相手の自己利益以外の理由から他人を信じること。
一般的信頼
相手が人であるという情報以外に何も情報がない状態で、相手を信じる程度。
社会的不確実性
相手に騙されて酷い目にあう可能性が想定される状況。「そんなことをしても相手にデメリットしかない」と考えて信じるのが「安心」。「そんなことをする人じゃない」と考えて信じるのが「信頼」。
コミットメント関係
理由を問わず「関係の継続性」のことだが、ここでは「やくざ型」を指し「恋人型」を含まない。「やくざ型」は合理的理由によって特定の関係を継続するが、「恋人型」は感情的理由によって特定の関係を継続する。
機会コスト
特定の相手との取引を続けたために失った、別の相手との取引によって得られたはずの利益のこと。
利益
金銭的利益だけではなく、評判や愛情といった自分が失いたくないもの全体を指す。
命題が成立する理由
命題1:信頼が要らない理由
社会的不確実性がない状況、安定して安全な環境、すなわち相手が自分を騙すような行動はしないと確信できる状況では、そもそも相手の信頼性を評価する必要がなく、「自分を騙すような行動はしないだろう」と信じる必要もないため、信頼は不要になります。
命題2:コミットメント関係が生まれる理由
繰り返しのある囚人のジレンマの実験から、参加者全員が利己的だとしても「応報戦略」(=前回の相手と同じ選択をする)をとる数人がいることによって、全体の相互協力が達成されることが知られています。この相互協力が達成されている状態は、相手を裏切らないことが自分の利益を保証された状態です。つまり、社会的不確実性が減少し、互いに安心が提供されている状態と言えます。
このように、将来の継続性が保証された関係(すなわちコミットメント関係)は、社会的不確実性を減少させ、安心を相互提供するために形成されると考えられます。そして、安定したコミットメント関係の中では、相手が信頼できるかどうかを心配する必要がなくなります。そのため、社会的不確実性の高い状況に遭遇すると、人々はコミットメント関係を自発的に形成し、安心しようとします。
命題3:機会コストが生まれる理由
コミットメント関係が形成されると、相手の信用を調査したり、契約書を作成したり、あるいは騙されて失う損失を被るといった取引コストが減少するメリットが生まれます。しかし、その一方で、もっと良い相手がいても、その相手と付き合うチャンスを失ったり、放棄することによって、余分な利益(機会コスト)を逃すデメリットも生まれます。従って、コミットメント関係は、機会コストを生み出してしまいます。
命題4:コミットメント関係を破棄した方がいい理由
機会コストが大きい状況は、もっと良い相手と付き合うことによる余分な利益が大きい状況を表しています。この時、新たな相手と付き合うために必要な取引コストの増加分を、機会コストが上回っているのであれば、より大きな利益を得るためには、コミットメント関係にとどまらない方が正解となります。
命題5:低信頼者がコミットメント関係を続けてしまう理由
コミットメント関係が形成すると、次のような効果が生まれます。
- 他に良い機会があっても、すぐには乗り換えない(定義そのもの)
- 愛着や忠誠が発達し、すぐに乗り換えるのは忍びなくなる
- コミットメント関係以外の相手への信頼が低下し、未知の相手に乗り換える取引コストを大きく感じてしまう
一般的信頼が低い人は未知の相手の信頼がそもそも低く、取引コストを高く見積もっているため、3番目の効果により、コミットメント関係を抜け出すことがより難しくなります。逆に、一般的信頼が高い人は取引コストを低く見積もっているため、コミットメント関係を抜け出すことが比較的容易になります。
命題6:特定の状況では、高信頼者がより大きい利益を得る理由
以上の命題によって、社会的不確実性が高く機会コストが大きい状況では、一般的信頼が高い人ほどコミットメント関係を抜け出しやすく、機会を生かすことができるために結果的に大きい利益を得る可能性があります。
信頼することの役割
以上のことから、一般的信頼は、形成されたコミットメント関係を離陸して、新しいコミットメント関係を築きにいくための「推進力」としての役割があります。この役割は、そもそも相手が未知なので、相手の信頼性に還元することができません。その意味で、信頼の解き放ち理論は、「信頼すること」の効果を表す理論であり、還元アプローチを超えた理論になります。
また、このことから、一般的信頼は「関係強化」ではなく「関係拡大」の効果があると言えます。
ということで、山岸の主張する「信頼」の理論を簡単に紹介してみました。
ただし、やまもとの言い方に直している部分が多いので、正しい理解のためには「信頼の構造」の第3章をきちんと読むことを推奨します。今回、例を省略しましたが、書籍だと多くの例が書かれているので、具体例が必要な方には書籍の方が分かりやすいかもしれません。
さて、「信頼」については、ブログ4回で概要を書き切ったかと思いますので、いったん区切りにしたいと思います。あと1回だけ、信頼の構造とマーケティングについて書いてみようかなと考えてはいますが、持論になるのでどうするか分かりません。。。
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