こんにちは、やまもとです。
社会が発展していく中で、消費者はだんだん欠乏(ニーズ)を感じなくなってきました。少なくとも、進化した社会では、空腹といった明らかな欠乏感は、すぐに満たされてしまいます。そのような社会では、消費者自身もニーズに気付いていないため、企業は隠されたニーズを発見する必要があります。その場合、企業がいくら機能的価値を定義し製品やサービスを提供しても、消費者が価値を感じにくいため、ただ製品やサービスを提供するだけでは購買されません。そこで、製品やサービスに価値があるのではなく、製品やサービスを通して得られる消費者の「経験」によって価値が生まれると考え方が変わってきています。この経験によって生まれる価値が「経験価値」です。
今回は、経験価値について書いてみます。
経験価値マーケティングとは
マーケティング学者のシュミットは、伝統的なマーケティングと経験価値マーケティングを次のように区別しました。
伝統的マーケティング | 経験価値マーケティング | |
---|---|---|
基本的価値 | 機能的価値 | 経験価値 |
製品の考え方 | 機能的特性と便益の束 | 感覚・感情・精神を刺激するもの |
マーケティングの焦点 | 顧客の説得 | 顧客の経験 |
マーケティングの狙い | 便益を説明し、購買を促す | 顧客を刺激し、経験を誘発する |
顧客への効果 | 問題解決、顧客満足 | ロイヤルティ、顧客エンゲージメント |
経験価値マーケティングの顧客への効果について、シュミットは「本当の意味での顧客満足やロイヤルティの向上」と言っていますが、現代の言葉に直すと「顧客エンゲージメントの向上」になると思います。そこで、上の表は、問題解決による顧客満足と顧客エンゲージメントを区別しました。
経験価値が企業に必要な理由
一般的に、経験価値は、製品やサービスよりも高い付加価値を持ちます。
なぜなら、その製品やサービス独自の経験は、より競争の差別性を拡大し、より消費者ニーズへの適合度を高めるためです。そのため、その経験が好意的なものであればあるほど、その製品やサービスは対象となる消費者のマインドシェアを独占していきます。一般的に、独占市場では、他に選択肢がないため、消費者は高額でも購入します。結果として、高価格で販売ができるため、その製品やサービスの付加価値が高まることになります。これにより、企業は製品やサービスの利益率を高めることができます。
そのため、経験価値のマーケティングでは、ブランド・イメージ創出のために、製品やサービスの購入・使用・所有を通して得られる「経験」を、強く訴求する必要があります。
ちなみに、日本では、経験のことを「コト」と呼ぶことで、「モノ」と区別しています。
経験価値の構成次元
マーケティング学者のシュミットは、経験価値を高める領域(戦略的経験価値モジュール)として、5つの領域を挙げています。
戦略的経験価値モジュール | 内容 |
---|---|
SENSE (感覚的経験価値) | 五感を通して得られる経験価値 |
FEEL (情緒的経験価値) | 内面の感情を刺激することで生まれる経験価値 |
THINK (認知的経験価値) | クリエイティブな思考を通して得られる経験価値 |
ACT (肉体的経験価値) | 肉体的経験を通したライフスタイルの変化から得られる経験価値 |
RELATE (関係的経験価値) | 準拠集団や文化との関係性を構築することで得られる経験価値 |
例えば、スポーツカーで考えてみると、
- SENSE:流線型のフォルムやコックピット風の運転席など見た目の格好良さ
- FEEL:運転席に座ったときのワクワク感や所有によるステータス感
- THINK:好みに合わせて、カラーリングやパーツをカスタマイズできる
- ACT:加速の良さやクイックに曲がる感触でドライビングの楽しさを体感し、生活の中にドライブ時間が増える
- RELATE:同じスポーツカーのオーナーコミュニティに所属することで、つながりを感じられる
となります。
経験価値の提供手段
シュミットは、経験価値を誘発させるマーケティングの手段として、7つのカテゴリー(経験価値プロバイダー)に整理しました。
経験価値プロバイダー | 例 |
---|---|
コミュニケーション | 広告、PR |
アイデンティティ | ネーミング、ロゴ、シンボル |
製品 | デザイン、パッケージ、陳列、キャラクター |
コブランディング | イベント、スポンサーシップ、ライセンス供与、 プロダクト・プレースメント |
環境 | オフィス、工場、店舗 |
ウェブサイト | ウェブサイト |
人間 | 販売員、サービス提供者 |
もちろん、全部に取り組む必要があるというわけではありません。提供物がサービスの場合は製品はありませんし、ダウンロード販売やサブスクリプション販売のソフトウェアアプリケーションの場合は環境や人間は必要ありません。提供物の特性によって、経験の提供手段は変わってきます。
経験価値マーケティングの考え方
上記の戦略的経験価値モジュールと経験価値プロバイダーを組み合わせると、次のようなフレームワークになります。以下は、前述のスポーツカーの例をとっています。
このフレームワークは、縦軸に戦略的経験価値モジュールを、横軸に経験価値プロバイダーを配置しています。使い方としては、顧客を刺激し、経験を誘発する方法を考え、5つ経験価値を全て刺激できるように、表を埋めていきます。
価値提供から価値共創へ
最後に、経験価値マーケティングでは、一種の発想の転換が必要です。
発想の転換とは、伝統的マーケティングが「価値があるから製品を買う」という考え方なのに対して、経験価値マーケティングは「消費することによって価値が生まれる」という考え方をしているという点です。言い換えると、製品を使用する過程で、顧客が製品と相互作用することによって価値が生まれる(故に、製品は価値創造の手段の1つである)という考え方になります。これは、サービス・ドミナント・ロジックの中核概念でもあります。
この考え方に立つと、顧客に製品を使ってもらわなければ価値が生まれないため、企業は「価値を提供すること(価値提供)」ではなく、「顧客と共に価値を創り出すこと(価値共創)」をしなければなりません。価値提供と価値共創の違いは、以下のようにまとめられます。
価値提供 | 価値共創 | |
---|---|---|
価値創造の主体 | 企業 | 企業と顧客 |
価値創造の源泉 | 製品や技術 | 顧客の体験 |
価値創造の発想 | 価値創造をするのは企業であり、顧客は企業が創造した価値を受け取るかどうかを決める。 | 価値を想像するのは企業と顧客であり、企業と顧客が価値を共創する。 |
ということで、経験価値と経験価値マーケティングをざっくりとまとめてみました。
最後の「従来のマーケティングとは、発想の仕方がそもそも違う」という点がとても重要ですね。なぜなら、従来型マーケティングの発想のまま経験価値マーケティングをやろうとしても、「(従来の)マーケティングとはこういうもの」というバイアスがかかってしまい、マーケティング施策をうまく考えられない可能性が高いからです。または、全く的外れな施策を実施してしまうとか・・・。
現在、ビジネス界では「共創」は頻出単語の一つですが、機能的価値から経験価値のシフトという背景があったんですね。ただ、「共創」は言うのは簡単ですが、うまく実行する方法は確立されていない気がします。オープンイノベーションも、なかなか上手くいきません。
だからこそ、経験価値の方法は、これからも新しい考え方が出てくることでしょう!面白いですね!