こんにちは。やまもとです。
以前の記事で紹介したKellerのブランド・ビルディング・ブロックは、B2C市場(消費財市場)向けのものでした。しかし、B2B市場(産業財市場)向けのブランド・ビルディング・ブロックは、マーケティングの教科書では見かけたことがありません。そこで、やまもとがB2B市場を対象とした企業に所属しているのもあって、B2B市場向けのブランド・ビルディング・ブロックは研究されていないのか調べてみました。
B2B市場のブランド・ビルディング・ブロックの研究は少ないようですが、Kuhnらの調査結果(Kuhn, Alpert & Pope, 2008)があったので、これを紹介したいと思います。
調査のベースとなっているKellerのブランド・ビルディング・ブロックについては、こちらの記事をご覧ください。
目次
B2CブランドとB2Bブランドの違い
B2B市場ではそもそも機能的価値のみが求められ、「ブランディングが必要ない」「ブランドの付加価値はほとんどない」と考えられていました (Collins, 1977; Lorge, 1998; Saunders and Watt, 1979)。その一方で、購買の意思決定に影響があり、徐々にブランドの影響が高まっているという意見もありました(Aaker, 1991)。一方、B2B市場における供給業者(サプライヤー)にとって、少数の顧客と信頼関係を構築・維持していくことは死活問題です(Ambler, 1995; Webster and Keller, 2004)。ところが、B2B市場におけるブランド・エクイティは分かりやすいモデルがありません。
ここでは、Kellerのブランド構築ステップに従って、B2C市場とB2B市場の違いを見てみます。
ブランド・アイデンティティの違い
ブランド・アイデンティティは、顧客企業のブランド認知のことです。購入希望者がどの製品が良いかを吟味し、各種の稟議や承認を経て購買に至ると考えると、購入希望者(これを購買担当とします)にまずは認知されないことには話になりません。
購買担当のブランド認知やブランド連想は、供給業者の営業とのダイレクトコンタクトによって与えられることが多いです(Gordon et al., 1993)。購買担当は、営業の紹介により製品ブランドを知り、説明を聞いて製品ブランドと連想される事柄を結びつけていくためです。その結果、B2B市場では、ブランディングはその周辺の流通ネットワーク(営業ネットワーク)に依存していることになります(Gordon et al., 1993; Rosenbroijer, 2001)。ここでは、供給業者の営業担当がブランド・アイデンティティを顧客に伝えるため、営業担当はブランド・エクイティ構築にとってとても重要になります。
しかし、B2C市場とB2B市場の大きな違いは、購買意思決定のプロセスです。B2C市場の消費者は、購入意思決定を基本的に一人で行うため、消費者と製品ブランドは1対1の関係にあります。しかし、大抵の大企業には複数のチームで構成される購買部門があり、全てのチームが購入決定に影響を及ぼします(Gordon et al., 1993; Morris et al., 1999; Rozin, 2004)。すなわち、B2B市場では、顧客と製品ブランドは多対1の関係になります。購買部門には多数のメンバーが所属し、各メンバーは異なるニーズ・購入状況・購買基準・他の供給業者との関係を持っているため(Ghingold and Wilson, 1998)、購買プロセスは複雑なものになります。そのため、B2B市場では、他のメンバーの影響も考慮に入れなければいけません。
つまり、B2B市場では、購買に関わるメンバーの認知の集合を考えなければなりません。このメンバーを小規模なマーケットだと考える必要があります。
ブランド・ミーニングの違い
ブランド・ミーニングは、顧客企業のブランド連想のことです。
米国で行われた産業調査では、「製品」「流通サービス」「サポートサービス」「会社」が有形無形のブランド要素になっていました(Low and Blois, 2002; Mudambi et al., 1997)。しかし、Kellerモデルでは、比較的重要そうな「サポートサービス」と「会社」は含まれていません。Thompson et al. (1998) の調査では、「技術力」「納期信頼性」「即応力」などの要素も見つかっています。また別の調査では、ブランド・ロイヤルティの構成要素として、「品質」が最も重要で、続いて「信頼性」「性能」「サービス」が主な要素でした(Bendixen et al., 2004; Michell et al., 2001; Thompson et al., 1998)。Kellerモデルでは、これらをブランド・ジャッジメントに含めていました。
他にもKellerモデルで想定されていない要素として、「営業チームと顧客の関係性」「企業名」「評判」があります。ある調査では、B2Bブランド構築の重要な要素として営業担当が挙げられています(Abratt and Mofokeng, 2001; Lorge, 1998)。また、B2Bブランドには企業名を含んだ製品名が多く、「企業名」はとても重要であることが示されています(Selnes, 1993; Thompson et al., 1998)。Abratt (1986)は、価格よりもレピュテーション(評判)の方が重要であることを確かめています。さらに、Shaw et al. (1989)は、こうした無形の属性が製品性能よりも重要になることを示しました。
つまり、B2C市場を対象としたKellerモデルには、「サポートサービス」「企業名」「技術力」「納期信頼性」「即応力」「営業と顧客の関係」「評判」といった要素が欠けていることになります。
ブランド・レスポンスの違い
ブランド・レスポンスは、顧客企業の機能的価値・感情的価値・自己表現価値を反映した反応のことです。
上記で示したように、機能的価値はB2Bでも重要です。「品質」「信頼性」「性能」と言った要素は、Kellerモデルにも含まれていました。
感情的価値は、B2Bブランドでは一見無関係に思えますが、実は関係があります。ある調査によれば、顧客企業の重点は表面上のメリットよりもリスク削減に向けられています(Mudambi, 2002)。組織のリスクや不確実性を管理・低減する1つの方法は、評判の良い会社から有名なブランドの製品を購入することです(Mitchell, 1995; Mudambi, 2002)。つまり、リスクを避けるために、安心・安全な感覚を得られるブランドを購入しています。これが、組織的購買の文脈における感覚やイメージの重要性を示しています。ただし、Kellerモデルの要素とは一致しません。
自己表現価値は、企業にとっても存在します。企業は大きくなるほど、社会からどう見られているかを気にするようになります。企業が、企業理念を公表したり、CSR活動を行ったりしているのは、社会に対して自己表現をしたいからと言えます。
つまり、B2Bブランドでもブランド・レスポンスは存在するが、Kellerモデルとは様相がかなり異なる可能性が高いです。
ブランド・リレーションの違い
ブランド・リレーションは、顧客企業の「ロイヤルティ」「アタッチメント」「コミュニティ」「エンゲージメント」のことです。ただし、B2Bブランド向けの「アタッチメント(愛着)」「コミュニティ」の調査は、調べた限り行われていないようです。
「ロイヤルティ」は、B2Bブランドの成功にも重要であることが確かめられています(Michell et al., 2001)。これは、取引先が少ない生産財メーカーにとって、取引先の増減は、利益に巨大なインパクトをもたらすためです。生産財メーカーは、1つの取引先から何度も繰り返し注文してもらう(=ロイヤルティが高い)必要があります。また、1つの製品変更によって品質問題が発生すると、全製品の認知に影響したり、買い手がサプライヤーをスイッチする可能性も考えられます。
「エンゲージメント」は、担当者レベルで見ると存在しています。Hutton(1997)の調査によれば、組織の購買担当者の何人かはあるブランドとの強い関係を構築しており、そのブランドの他製品にも購入を拡大したいと考えていました。
このことから、Kellerモデルのブランド・レゾナンス要素の少なくとも一部は、B2Bブランドでも成立する可能性があると言えます。
B2Bのブランド・ビルディング・ブロック
Kuhnらの調査(Kuhn, Alpert & Pope, 2008)では、上記のようなB2CブランドとB2Bブランドの違いを確認した後、オーストラリアの地方自治体に対して、Kellerのブランド・ビルディング・ブロックに基づく調査を実施しています。
Kuhnらの調査方法は、地方自治体の廃棄物貿易を担当しているマネージャに対して、最大40分の電話インタビューです。調査内容は、廃棄物トラッキングシステムの2つのブランドに関するもので、当時の廃棄物トラッキングシステムには、ブランドA(GPSを使ったもの)とブランドB(バーコードを使ったもの)がありました。ここで、ブランドAは、先進技術を持つ新興企業、ブランドBは、この領域の老舗企業だそうです。
インタビュー調査は2回行われ、1回目は5地方自治体、2回目は26地方自治体に対して行っています。1回目の調査では、Kellerモデルに従って、製品ブランドに関する質問をしましたが、製品ブランドよりも企業ブランドの方が言及が多かったため、2回目の調査では製品ブランドと企業ブランドの両方に関する質問をしています。
これらの調査に基づき、Kuhnらは次のようなB2B版ブランド・ビルディング・ブロックを提案しています。
以下では、各ブロックについて見ていきたいと思います。
セイリエンス・ブロック
Kuhnらの調査では、B2B市場の顧客は、製品ブランドよりも企業ブランドを強く認知していることが分かりました。
- ブランドBは、回答者の56%が製品ブランドを、回答者の96%が企業ブランドを認識していた。
- ブランドAは、回答者の27%が製品ブランドを、回答者の42%が企業ブランドを認識していた。
また、製品ブランドよりも企業ブランドの方が連想度合いは強いものの、B2B市場の顧客は、製品ブランドと企業ブランドをほぼ同一のもの認識していました。
- 回答者の多くは、製品ブランドを聞いた時よりも、企業ブランドを聞いた時の方が多くの連想項目をリストアップした。
- 企業名から最も多く連想されたのは、システムそのものだった。
- 多くの事例で、企業ブランドと製品ブランドは同じ内容を連想した。
- 回答者の1名は、製品ブランドと企業名の違いに混乱した。
実際、B2B市場の顧客は、購入を検討する際、製品ブランドではなく企業ブランドを強く意識していました。
- 回答者は、製品ブランドそのものよりも、背後にある企業を強調した。
- 特に2名は、システムを検討する際、製品ブランドではなく企業名で区別すると言っていた。
一方、スローガンや製品のブランド・ネームといったブランド要素は、ブランド構築に有効ではないことが分かりました。
- スローガンや(製品)ブランド・ネームのようなブランド要素は、回答者とは関連性がなかった。
- ブランドBはスローガンを持たず、ブランドAは持っていたが、ほとんど連想されなかった。
これらの事実から、B2Bでは製品ブランドはほとんど意味をなさず、企業ブランドのセイリエンス(突出性)がブランド認知を強めていると考えられます。
パフォーマンス・ブロック
Kuhnらの調査で、製品ブランドに関する「好ましさ」「ユニークさ」(ブランド連想)を聞いたところ、ほとんど製品の特徴に関する回答でした。
製品ブランドから連想さらた要素で、重要な要素からあげていくと次のようになりました。
- ユーザビリティ(使いやすい)
- シンプルさ(導入しやすい)
- 価格・コスト
- 要件判断に基づく信頼性(reliablity)
- 頼れる存在としての信頼性(dependablity)
- 互換性(アップグレードしても使える)
- 柔軟性(簡単に改修・拡張できる)
- レポート機能
一方、企業ブランドに関するブランド連想では、次のような要素が重要でした。(重要度順)
- 技術とシステムが立証されていること
- 会社の安定性
- サポート&サービス
このことから、B2B市場の顧客は、自分たちの機能的ニーズに特に注目しており、長期的に安定した支援が受けられるのかを気にしていることが分かりました。
ただし、Kellerモデルのブランド・パフォーマンス・ブロックの下位次元にある「スタイルとデザイン」だけは一切言及されませんでした。
レピュテーション・ブロック
Kellerのモデルでは、ブランド・イメージ・ブロックでしたが、B2B市場では感情的・感覚的なイメージで購買意思決定されることはほとんどありません。
実際、Kuhnらの調査でも、Kellerのブランド・イメージ・ブロックの下位次元である「個性と価値観」や「歴史、遺産、共感」といった要素は連想されませんでした。
しかし、製品の特徴や企業の信用とは別に、他の自治体の使用状況を知りたがる様子が伺えます。
- 企業名と企業ブランドから強く連想されたのは、そのシステムを使っている他の自治体だった。
- ブランドAと企業名から強く連想されたのは、GPSトラッキング、軍事技術、1つ地方自治体で使用されていることだった。
- ブランドBと企業名から強く連想されたのは、廃棄物水・貿易廃棄物・バーコード・廃棄物トラッキングシステム・コンプライアンス・システムを使う複数の自治体の名前だった
- 回答者は、他の自治体でのシステム構成を見たがった。また、その満足度について話すことを望んだ。
これらは、Kellerのブランド・イメージ・ブロックの下位次元である「ユーザ・プロファイル」「購入・利用状況」に相当します。
このことから、実際に使用しているユーザのレピュテーション(評判)に基づいて、自分たちの利用状況をイメージしたいという気持ちがあることが分かります。
ジャッジメント・ブロック
企業の中で何かを購入する際は、複雑な購買プロセスの中で、当然ながら何度も評価(ジャッジメント)をすることになります。
Kuhnらの調査では、もともとKellerのジャッジメント・ブロックの下位要素である「品質」が最重要であろうと考えていました。ところが、回答者の半数は「品質」についてよく知りませんでした。
- 廃棄物トラッキングシステムの49ブランドとその品質に関する全体的な意見について尋ねられたとき、回答者の50%は「意見がない」「知らない」と述べました。
代わりに、最も重要な要素となったのは「信用(credibility)」でした。
- 回答者は、ブランドAはイノベーティブで優位性があるが、ブランドBの方が立証された製品と考え、ブランドBの方が信用が高いと考えていた。
これについて、回答者は「信用」を感じるために、次のようなことをしていました。
- デモンストレーションや何らかの露出された機会を望む
- 事前調査や独自調査を行い、システムは「良好」であると感じる
- 他のユーザーの経験を考慮する
- 他のユーザーとの話し合い、品質は「まとも」であると推定する
結局、品質はパフォーマンス・ブロックで形成されるもので、購入意思決定に関わるジャッジメント・ブロックでは信用の方が重要であると考えられます。
セールス・リレーション・ブロック
Kellerモデルのフィーリング・ブロックは「暖かさ」「楽しさ」「興奮」「安全」「社会的承認」「自己尊重」といった下位次元を持ちますが、B2B市場では関連性がありませんでした。回答者は、購買プロセスはより合理的に判断すると言っていました。
しかしながら、購買先企業の代表者(窓口となる人物、多くは営業担当)との関係性については、何度も言及されていました。
- 回答者たちは、主な企業ブランドを認識しており、製品ブランドよりも企業代表者との関係について話した
- この市場では、まず会社を識別し、会社の代表者との関係性について話した
- 会社との関係性について尋ねると、回答者は企業営業との関係性について回答した。
これらは、購買プロセスは合理的であるものの、購買担当者には購買先企業の営業担当者との結びつき(人柄を知っている等)が重要であることを示しています。そのため、フィーリング・ブロックは、セールス・リレーション・ブロックに置き換えているでしょう。
セールス・リレーション・ブロックで重要な要素は、次の通りでした。
- 営業担当と連絡を取れること
- アルターサービス/アフターサポートによるフォロー
- 営業担当の誠実さ
パートナーシップ・ブロック
Kellerのピラミッドの頂点にあたるレゾナンス・ブロックは、「ロイヤルティ(繰り返し購買)」「アタッチメント(愛着)」「コミュニティ」「エンゲージメント」といった要素で表されるブロックです。しかし、Kuhnらの調査では、これらを立証できませんでした。これらを質問しても、回答者は製品の機能や性能について語るのみだったためです。
Kuhnらの調査で得られた事実としては、
- ロイヤルティは契約期間の結果に過ぎず、再度購入する際にはもう一度いちから全ての製品を検討するといった。(ロイヤルティ)
- 他の利用者の体験は購買意思決定プロセスで重要な役割をするが、他の利用者との親近感や仲間意識は何も感じていなかった。(コミュニティ)
- システムを購入した回答者に、時間・エネルギー・資金などの資源を費やす意思を持つ人はいなかった。(エンゲージメント)
がありました。
結局のところ、Kellerのブランド・レゾナンスは、組織の文脈の中では適用が難しいと分かりました。
Kuhnらの調査は、地方自治体が対象だったので、公平性のために上記のような結果になったと思われます。しかし、企業に所属する自分の経験では、少し異なります。実際、次のような事象が起きています。
- 一度、購買プロセスを経た企業は、与信が終わっており、EDI(電子商取引システム)に組み込まれ、購買プロセスが簡略化されるため、再購入の手間が減り再購入しやすい(ロイヤルティ)
- 使い勝手がよく、製品・サービスに習熟し、使い慣れてくると、別の製品・サービスに慣れるまでの学習コストを考えるためスイッチできなくなる(アタッチメント)
- 同じサービスを使う社員同士で、使い方を共有する社内コミュニティが形成されることがある(コミュニティ)
- 自分が利用して「良い」と感じている製品・サービスは、困っている他の社員に勧めることがある(エンゲージメント)
加えて、再購入の場合、納期が予測できることが挙げられますが、納期は機能(パフォーマンス・ブロック)の要素であり、予測可能性は信用(ジャッジメント・ブロック)の要素なので、パートナーシップ・ブロックには入らないでしょう。
結果として、パートナーシップ・ブロックの要素は、次のようになるのではないでしょうか。
- 与信、EDI
- 社員の習熟
- 社内コミュニティの存在
- 社内推奨
おそらく、Mudumbi(2002)のB2B市場の3つのクラスターのうち、Kuhnらの調査の対象はHighly-tangibleクラスタ(ブランドのような無形価値を重要視しないクラスタ)で、自分の経験はBranding-receptiveクラスタ(購買経験のあるブランドを受け入れるクラスタ)に相当するのだと考えられます。
まとめ
Kuhnらの調査結果(Kuhn, Alpert & Pope, 2008)により、B2Bブランドの場合もブランド・ビルディング・ブロックが、ピラミッドの頂点であるレゾナンス・ブロックを除いて成立することが分かりました。レゾナンス・ブロックは、自分の経験を元にすると、成立する可能性が見えました。
ただし、Kellerが提唱したB2Cブランド向けのブランド・ビルディング・ブロックとは、各ブロックの構成要素(下位次元)が異なるものがありました。特に、情緒的ルートと呼ばれるイメージ・ブロックとフィーリング・ブロックは、構成要素が大きく異なるため、それぞれレピュテーション・ブロック、セールス・リレーション・ブロックと名称が変更されています。
各ブロックの構成要素を、自分の経験も含めて図示してみると、下記のようになります。
ということで、B2Bの場合のブランド・エクイティを調べてみました。
Kuhnらの調査は、オーストラリアの場合ですが、日本のB2Bビジネスの場合にもまあまあ当てはまるのではないでしょうか?
B2Bマーケティングの場合に、この記事が参考になれば幸いです。