こんにちは、やまもとです。
最近、「伊藤レポート」(経済産業省)のおかげで、人的資本経営が注目されています。そこで、これまで提唱されたヒトに関する経営理論を振り返っています。
科学的管理法では、課業という考え方を用いて不当な賃率引き下げを防ぎ、雇用者と労働者に公平な賃金を設定しようとしました。しかし、課業を動作や時間という客観的身体的変数で定義することになっていたため、人間の主観的で心理的な状況を無視することになってしまいました。
この問題の対策として、科学的管理法と同時期に発展した組織心理学を取り入れた人事管理論が作られました。産業心理学に基づく個人特性を調べるテストが導入され、適材適所という考え方ができました。また、労働者の人としての多様な側面をサポートするために、企業内に独立機能として人事部の必要性が提唱されました。
ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われた実験で分かったことは、生産高の増加には、従業員の態度・感情が決定的に効いており、従業員の態度・感情は社会的脈絡に大きく影響されることでした。従業員の社会的脈絡は、非公式組織の集団規範のことでした。自然発生的で近しい人間関係による非公式組織の存在は、従業員に安心感・帰属感・一体感を与える一方、外圧による変化には強く抵抗するものでした。
ホーソン実験の結果を受けて、実験に参加していたメイヨーとレスリスバーガーは人間関係論と呼ばれる経営理論を提唱しました。今回は、前回と同じ論文(岡田, 2003)に基づいて、人間関係論の成り立ちを見ていこうと思います。
目次
メイヨーの人間関係論
背景
社会解体問題
- 当時の産業文明社会で起きていた解体現象
- ホーソン工場での面接計画で得られた不満分析に基づく
- 社会解体の兆候
- 不幸な個人の増大(精神病・自殺・犯罪・孤独の増加)
- 労働意欲の喪失、敵対感・不信感の増大(科学・技術・産業の発展による社会的一体感の喪失)
経済人仮説問題
- 社会解体の本質的原因は、経済人仮説(烏合の衆仮説)の人間観
- 社会とは、バラバラな個人の群から成り立っている
- あらゆる個人は、自己保存もしくは自己利益を確保するように武装して行動する
- あらゆる個人は、この目的を達成するために論理的に行動する
- バンク配線作業観察では、社会人仮説(協働する存在)が必要だった
- 社会とは、協働する個人の群から成り立っている
- 個人は、仲間によく思われたいという欲望を持つ
- 個人は、他者と協働しつつ、自らの願望を充足しようとする(協働的本能)
問い
- 社会人的人間観が、現代産業社会では欠落しているのではないか?
理論
社会的技能仮説
- あらゆる社会集団が存続するために必要なのは、以下2つの技能の均衡である
- 技術的技能(technical skill)=物質的・経済的必要の充足
- 社会的技能(social skill)=組織を通じての自発的協働関係の維持
- 確立社会:2つの技能が本能的に均衡していた理想的な社会
- 原始共同社会
- 中世徒弟制社会
- 現代の産業文明社会の状況
- 科学技術の急速な進歩により、人的結合の流動化が加速
- 流動化社会では、変化への適応が必要
- 社会解体の原因は、2技能の不均衡
- 技術的技能は、産業文明社会の下で進展した
- 社会的技能は、大きく立ち遅れている
結論
社会的技能の発達が必要
- 社会解体は、「社会的技能」を発達させ「技術的技能」と均衡させること(社会的均衡)で、克服できる
レスリスバーガーの人間関係論
背景
ホーソン実験の知見
- 企業の生産高は、自然発生的な社会的状況に依存している。
- 人間的状況は、人が感情に動機付けられた結果である。
- 故に、企業を一つの社会システムと捉える必要がある。
理論
労働者の社会的動物仮説
- 労働者は、孤立した個人ではなく、いくつかの集団の成員である
- 労働者は、論理のみで行動するわけではなく、感情によって動機付けられる
没論理的行動
- 自己の所属する集団の一員として逸脱しないような共通の感情によって動機付けられた行動
- これにより、労働者の行動を「全体的状況」のなかの「社会的行動」と考えることが必要になった
没論理性
ほとんどすべての人間の行動は、論理的(logical)でもなければ、不合理(irrational)でもない。それは、いわば没論理的(non-logical)なのである。つまり、それは感情によって動機付けられている。
組織の社会システム
- 「システム」とは「各部分が他のそれぞれの部分に相互依存の関係にあるため全体として考察しなければならないもの」
- 経営組織の社会システム概念構造
結論
非公式組織が重要
- ホーソン実験では、従業員は非公式組織の行動規範に従って行動することが判明した
- 企業の経済的目的に合わせた公式組織(組織図)は部門の機能を表せるが、従業員の社会的相互作用を表すことはできない
- 公式組織と非公式組織の価値基準が均衡・調和しているとき、組織の効果的協働が実現する
- 非公式組織を無視した公式組織の一方的変更(組織再編)は、均衡が崩れるため従業員の反発を招く
- 実践的には、職場全体の情況認識と、監督者のはたらきかけが、自発的協働関係の維持に必要である
人間関係論の功績と限界
功績
ベンディックスの指摘
- 労働者が孤立的であり、経済的利害にのみ関心を持つという従来からの仮説を打破した
- 経営者と労働者が全く別のものという従来からの観念を、社会的動物という概念で区別を無くした
- 経営者の権限について新しい解釈をもたらした
人間関係管理技法の創出
- 面談:面接制度、人事相談制度
- 調査:態度調査、モラル調査
- コミュニケーション:社内報、提案制度、従業員PR制度
- 訓練:管理・監督者訓練
限界
ランズバーガーの批判
- 産業文明社会をアノミー状態と特徴づけることで誤りや欠陥を生み出している
- 経営者の目標と経営者の抱く労働者観が、労働者自身が容認しているという誤解を生み出した
- その誤解が、経営目標を遂行するために労働者を操縦しようという経営者の意思に結び付けられた
- 労使紛争を調停する方法が言及されていない
- 労働組合を考慮していない
ガードナーとムアーの指摘
- 労働者だけでなく、経営者もまた「感情の論理」に規定されていることが考慮されていない
ミラーとフォームの批判
- 現代社会の経済体制の制度的枠組(労働組合)に関する認識が欠如している
- 現実の労働組合を無視して、非公式組織だけを前提に議論をしている
- その結果、階級及び職業構造における変化の意義が把握されていない
- 経営者的偏向と臨床的偏向に陥っている
- ホーソン実験も経営者の許可の下で実施されており、結果の解釈が経営者寄りになっている
- 経営者は論理的で労働者は感情的という偏向(バイアス)がある
ドラッガーの批判
- 恐怖心を取り除けは労働者は動機付けられるとしているようだが、実際には積極的動機付けが必要である
- 積極的動機付けには仕事や職務が必要であるが、人間関係や非公式組織への言及しかない
- 経済的側面の理解に欠け、人間組織の管理方針の欠如を覆い隠すためのツールとして使われてしまう
その他の批判
- 人間は感情だけで動機付けられる訳ではなく、実際には公式組織や職務や仕事を考慮する必要がある
- 生産性は従業員のモラルにより、モラルは従業員の満足度によって規定されるという仮定は妥当ではない
- 従業員も意思決定を行い、問題解決行動をとる
- 従業員は安定感と所属感だけを求めるとしているが、実際には経済的欲求の満足もある
まとめ
ホーソン実験をきっかけにして、メイヨーとレスリスバーガーによって展開された人間関係論は、急速に工業化する産業において、労働者の社会性(関係性)に注目した理論だと言えます。社会性に注目するが故に、経済的な論理性や合理性が欠落してるという批判を受けていますが、これは折衷案の必要性を説いているだけ、人間関係論が不要だと言っている訳ではありません。
人間関係論は、「自発的共同関係の維持」「社会的技能」「非公式組織」「感情の論理」「社会的動物」「社会人モデル」など、多くの重要概念を生み出しています。しかし、ホーソン実験から100年が経とうとする現代でも、うまく活用できていないのではないでしょうか?
例えば、「ビジョンが浸透しない」というよくある問題は、レスリスバーガーの人間関係論によれば「公式組織が作ったビジョンが、非公式組織が従う集団規範と調和しないため、無言の抵抗に遭っている」と考えられます。そうだとすれば、「非公式組織の集団規範」の調査が必要になりますが、そのような取り組みは行われいるでしょうか?
このように、人間関係論はとても古い理論ですが、現代の企業に対しても有用な知見があるように思えますね。
参考文献
- 岡田行正 (2003)「人間関係管理の生成と展開」北海学園大学経営論集, 1(3): 55-84
- 森川譯雄. (2010). 人事労務管理論の史的展開と人的資源管理論. 修道商学, 50(2), 307-325.
- 河野重栄. (1966). ドラッカーの人間関係管理批判について. 研究年報, 5, 83-104.