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経営組織論①|科学的管理法の成り立ち

こんにちは、やまもとです。

最近、「伊藤レポート」(経済産業省)のおかげで、人的資本経営が注目されていますね。そのため、人的資本や人的資源経営を調べていたのですが、その源流である科学的管理法を振り返った方がいいと思いました。そこで、主に論文(深野, 2001)を参考にして、歴史をまとめてみました。

科学的管理法

この考えに対する功績は仕事に科学を取り入れ、マネジメントの概念を確立したことにある。目標の設定、目標の達成、結果の評価というマネジメント・プロセスの確立を行ったのである。

深野宏之. (2001). 科学的管理法に関する史的一考察 (I). 経営研究15(2), 189-204.

時代背景

18世紀後半、紡績業を端緒として英国で産業革命が起こり、鉱山業や製鉄業が生まれ、蒸気機関が走り、工場制度が発達しました。19世紀に入ると、蒸気機関車や蒸気汽船の登場により輸送革命が起こり、転炉や平炉の発明により鉄鋼業が躍進しました。技術の進歩に伴って、生産手段の機械化が進み、生産工程が細分化され、各工程が独立した専門分野になっていきました。そのため、各工程の測定・計測が必要になりました。また、各工程で生産される部品を規格化することで、互換可能な部品の組み立てで新製品を製造することが可能になりました。これにより、部品の大量生産が可能になり、規模の経済性によるコストダウンが実現しました。しかし、組み立て作業の機械化は難しく、人の作業に依存せざるを得ませんでした。そこで、人の作業を細分化し、標準化し、合理化することが求められていました。(深野, 2001)

このような時代背景のもとで、機械と人の作業を合理化するために、米国で導入されたのが「科学的管理法」でした。

科学的管理法が必要だった理由

テイラー(1856~1915)が工場の管理者になった頃、工場の賃金体系は出来高払い制でした。もともとは出来高にかかわらず賃金がもらえる日給制でしたが、労働者の出来高を上げるために出来高払い制に変更されていました。しかし、労働側が懸命に働いて出来高を上げて収入を増やすと、経営側は単価の決め方が甘いと言って賃率の引き下げ(rate-cutting)が行われ、労働者が努力しても収入が上がらなくなっていきました。この仕組みは、労働者がほどほどに仕事をしてほどほどの収入を得られればよいと考えるようになり、「怠け」を誘発することになりました。これが、組織全体に広まることで、組織的怠業(systematic soldiering)が経営問題となっていました。(深野, 2001)

テイラーは、当初「力ずく」で組織的怠業をなくそうとしましたが、労使交渉の末に労働側の固い決意により「力ずく」ではダメだと理解しました。そこで、経営側が勝手に賃率を引き下げられないようにし、労働者が出来高に応じた賃金を受け取れるようにするために、労使の両方にとって客観的で公平な「1日の仕事高」を決めることを考え始めます。この「1日の仕事高」を決めるために用いたのが、科学的思考でした。(深野, 2001)

科学的管理法の成立

テイラー以前に、チャールズ・バベイジ(1792~1871)は、「機械および製造の経済」で作業分析・時間測定・コストという概念を、「分業の原則」で作業の単純化・専門化の概念を創っていました。テイラーは、まず仕事を要素動作に分け、不要な動作を排除し、標準作業を定めました。次に、バベイジの量を表すための時間測定の概念を導入し、標準作業の時間測定を行い、作業の標準時間(標準作業時間)を定めました。テイラーは、この標準時間にゆとりの時間を加えたものが、労使に公平な「1日の公平な仕事量」「課業(task)」と考えました。(深野, 2001)

しかし、同じ標準作業であっても、作業を行う条件が異なれば、標準時間も異なります。例えば、手回しのドリルと電動ドリルのどちらを使うかによって、同じ穴を開ける作業でも、作業時間は異なります。このように、標準時間を定めるには、作業が実施される諸条件が標準化されていなければなりません。テイラーは作業を実施する最善の条件を整えるのは管理者の責務であるとし、これにより管理者の役割は非常に多忙になりました。そこで、テイラーは、計画という業務を導入し、標準時間の設定や諸条件の標準化など計画に関する業務をまとめ、作業者がひたすら生産を行うことができるようにしました。これが「計画と実行の分離」と呼ばれるもので、テイラーが初めて労働の計画と実行の差異を捉えたことになりました。(深野, 2001)

テイラーが時間研究を重視したのに対して、ギルブレス(1868~1924)は時間測定前の動作研究をしなければ意味がないと考えていました。実際に、ギルブレスは作業の動作を分析し、不必要な動作を省くことで、生産性を3倍にして見せました。一方で、ギルブレスは疲労研究にも力を入れ、疲労による作業の質の低下を考慮に入れました。しかし、作業を行えば疲労は蓄積することは避けられません。そこで、ギルブレスは、不必要な疲労をなくし、避けられない疲労には休養を与える研究を行い、「不必要で非生産的な疲労」を取り除こうとしました。このようにして、単調作業に対して、単なる動作の短縮だけでなく、人間の知性やモチベーション、職務の充実化を配慮しました。(深野, 2001)

科学的管理法の成功

科学的管理法の普及は、時間と材料の削減、作業の単純化、作業者の無駄な動作の削減などの成果を上げ、米国経済に影響を及ぼしました。

科学的管理法で行われた機械化は次のようなものです。

  • 組立時間を短縮するために、互換性の高い部品を使用する
  • 部品を標準化し、量産化する
  • 工作機械の調整を減らすために、単機能機に置き換える
  • 作業者の移動を減らすために、運搬を機械化する→コンベア・システム導入
  • コンベアに律速するため、必要以上の高速機械を使わない
  • コンベア上で組み立てるようにする

コンベア上で完成品を組み立てる方式を考えたのがフォードで、フォード社の工場で実現したこの方式はフォード・システムと呼ばれました。徹底した機械化により大量生産を実現可能にしたことで、規模の経済性が効き、製品当たりの製造コストが低下します。そのため、フォード社は安価な大衆車を販売することができました。

このような、徹底的な無駄の削減は、後年のトヨタ生産方式、シックスシグマ法へと続いていきます。

科学的管理法の問題

科学的管理法は、生産の物的要素の最適化と人的要素の最適化から構成されています。物的要素の最適化は、機械の利用と分業の発達によって行われます。人的要素の最適化は、作業の合理化と労働者の心身に影響する物的条件の改良によって客観的に行われます。物的要素と人的要素の最大の違いは、人的要素の客観的最適化が、必ずしも労働者の主観的状態に合わせた最適化とは限らないことです。これは、人間の主観的状態が、科学的管理法が基礎を置く自然科学の範囲外にあるためです。(藤林, 1927)

ギルブレスは、疲労研究を通して最適な休憩時間を一意に決めようとしましたが、これは労働者個々の主観的な疲労状態を無視したものでした。これは、科学的管理法論者のテイラーやギルブレスが、もともと機械技師であったためと考えられます。例えば、テイラーやギルブレスは分業化と動作研究・時間研究により生産性を3倍にしましたが、テイラーの弟子のトンプソンは心理学的質問により適切な労働者を選ぶことで生産性を3倍にしました。(藤林, 1927)

すなわち、明らかに科学的管理法は人間の心理的側面の考慮に欠陥があり、そのため産業心理学から次のような批判がされていました。(藤林, 1927)

  1. 時間研究が労働者の行う各動作を、純機械的なもの(分解・組立・置換できるもの)として仮定するのは誤りである
  2. ある労働者にとって最適な動作型が、別の労働者にとっても最適とは限らず、一つの型に嵌め込むことは過労を招きかねない
  3. 時間研究では最速動作が最小疲労と仮定しているが、最速動作は注意と緊張を起こさせ、返って疲労を増大しかねない
  4. 労働者の生産性は日や時間によっても異なり、出来高払い制においては科学的管理法の目的に反する労働者の収入不安定化を招く
  5. テイラーは疲労回復のための休憩時間を標準時間に含めたが、その時間に科学的根拠がない
  6. 科学的管理法による生産能力増大が、敵者選抜・休憩時間配合・労働時間短縮のどの効果なのかが不明である

まとめ

科学的管理法は、分業化・単純化・専門化と動作研究・時間研究・疲労研究に基づいて大量生産を実現しました。

しかし、科学的管理法が扱った人的要素は、人間の客観的側面(身体動作・身体疲労)だけを考慮に入れており、主観的側面がほとんど考慮されていませんでした。

科学的管理法でも人間の疲労を扱っていましたが、これは機械の経年劣化のような扱いで、全体的には人間を機械のように考えていた節があります。これは、公平さを重視するあまり、客観的指標だけを使い、個人特性を無視ししてしまったためだと考えられます。

参考文献

  1. 深野宏之. (2001). 科学的管理法に関する史的一考察 (I). 経営研究15(2), 189-204.
  2. 森川譯雄. (2010). 人事労務管理論の史的展開と人的資源管理論. 修道商学50(2), 307-325.
  3. 仲宗根栄一. (1971). 科学的管理法と労働組合-1910~ 1932 年の史的分析. 沖大論叢= OKIDAI RONSO11(1), 21-46.
  4. 藤林敬三. (1927). 科学的管理法と産業心理学. 三田学会雑誌21(10), 1392-116.

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