こんにちは。やまもとです。
ここまで、「ブランドは経営資産である」としてきましたが、この考え方は1980年代に登場した「ブランド・エクイティ」の概念に端を発しています。エクイティとは、財務会計用語の資産(Asset)から負債(Dept)を引いた賞味資産(Equity)のことで、バランスシート(B/S)の右下部分のことですね。株式発行によって自ら集めた資本(返却責任がない)が主なので、自己資本と呼ばれたりもします。
当時、ブランド・エクイティが革新的だったのは、マーケティングのツールの1つだったブランドに対して、マーケティング活動の結果として、ブランドという器の中に無形の資産価値が蓄積されていくという視点をもたらしたことです。
今回は、ブランド・エクイティとはどのようなものなのかを見ていくことにします。
目次
ブランド・エクイティの定義
ブランド・エクイティは、統一された定義が存在していないので、代表的な2つの定義を記しておきます。1つは、ブランド・エクイティの契機となったAaker(1991)の定義です。もう一つは、ブランド・エクイティ論の大御所の一人であるKeller(1993)の定義です。
Aakerの定義
Aakerは、ブランド・エクイティを「あるブランド名 やロゴから連想されるプラスとマイナスの要素の総和(差し引いて残る正味 価値)」(青木幸弘, 2011)と定義しました。そして、その構成要素として、下記の5つの要素を挙げています。
ブランド・エクイティ構成要素 | 説明 |
---|---|
ブラ ン ド・ロイヤルティ (brand loyalty) | あるブランドを継続的に購買している、あるいは購買しようとしている消費者の状態のこと。ブランドと消費者の絆。 |
ブランド認知 (brand awareness) | ブランドをすでに知っているか(ブランド再認、brand recognition)と製品カテゴリーを提示されてブランドが思い出せるか(ブランド再生、brand recall)のこと。 |
知覚品質 (perceived quality) | 消費者自身が知覚できる製品やサービスの品質のこと。複雑な製品(パソコンなど)ほど消費者には品質がわかりにくい。 |
ブラ ンド 連想 (brand association) | あるブランドを提示されたときに、想起される属性や品質、体験、やイメージのこと。ブランド・イメージと同義。 |
その他のブランド資産 | 特許、商標、流通チャネル、等 |
ここに出てきた構成要素は、これまでの記事にも出てきたもので、ブランド・エクイティ登場前から知られていたものでした。しかし、Aakerによって、ブランド・エクイティに統合された点が新しかったと言えます。
Kellerの定義
Kellerは、ブランド・エクイティを消費者の視点から捉え直し、ブランド構築の枠組みとして「顧客ベースのブランド・エクイティ(Customer-based Brand Equity)」を提唱しました。
その中で、Kellerは顧客ベース・ブランド・エクイティを「あるブランドのマーケティング活動への消費者の反応に対して、ブランド知識が及ぼす差異的な効果」(青木幸弘, 2011)として定義しています。
顧客ベース・ブランド・エクイティでは、その構成要素はブランド認知とブランド連想の2つで構成されているとしています。(Keller, 1993)
ブランド・エクイティ構成要素 | 説明 |
---|---|
ブランド認知 (brand awareness) | ブランドをすでに知っているか(ブランド再認、brand recognition)と製品カテゴリーを提示されてブランドが思い出せるか(ブランド再生、brand recall)のこと。 |
ブラ ンド 連想 (brand association) | あるブランドを提示されたときに、想起される属性や品質、体験、やイメージのこと。ブランド・イメージと同義。 |
Kellerの定義の中で、Keller自身が強調している重要な点は、「差異的な効果」「ブランド知識」「マーケティング活動に対する消費者の反応」です。
「差異的な効果」という言葉は、たとえ同じマーケティング活動であっても、消費者の反応の差によってブランド・エクイティが決定されることを表しています。
「ブランド知識」とは、ブランド認知とブランド・イメージで定義され、ブランド連想による製品やサービスの特徴や関係性から概念化されるものです。
「マーケティング活動に対する消費者の反応」とは、マーケティング・ミックスによって起こる消費者の理解や選好、振る舞いのことです。(Keller, 1993)
つまり、上記の定義は、マーケティング活動に対する消費者のポジティブな反応のネガティブな反応の差異が顧客ベース・ブランド・エクイティであり、その反応の差異を生み出しているのは「ブランド知識」である、という主張になります。
ブランド知識の構造
前述の通り、Keller(1993)は、顧客ベースのブランド・エクイティを生み出すのは「ブランド知識」だとしています。同時に、ブランド知識を構成する次元を、コンセプト・モデルとして提唱しています。コンセプト・モデルは、次のようなツリー構造をしています。
Kellerは、ブランド知識をブランド認知とブランド連想から構成されるとしています。ブランド認知が、ブランド再認とブランド再生から構成されるのは、前回の記事で書いた通りです。一方、ブランド連想は、ブランドを見て製品やサービスの「タイプ」を想起したり、「好ましさ」や「強さ」、「ユニークさ」も想起するとしています。
タイプの連想
ブランド連想の「タイプ」とは、ブランドに含まれる抽象化された情報量のことです。
情報は、製品・サービスの「属性(attributes)」、製品サービスを使った時の「便益(benefits)」、および製品・サービスに対する「態度(attitudes)」に分けることができます。
ただし、「態度」とは、製品・サービスに対する消費者の評価のことで、「属性」や「便益」の影響によって消費者の中に形成されます。(Keller, 1993)
属性タイプの連想
「属性」は、さらに製品そのものに「関連する属性」と「関連しない属性」に分けられます。
「関連する属性」は、製品・サービスごとに様々な属性があります。一方、「関連しない属性」は製品・サービスを超えた共通性があり、「価格」「パッケージ」「使用者イメージ」「使用イメージ」に分けることができます。
「使用者イメージ」は、「その製品・サービスを使用するのはどんな人々か」というターゲットセグメントの情報です。
「使用イメージ」は、「その製品・サービスを、どこで、どんな状況のときに使うのか」というシチュエーションに関する情報です。(Keller, 1993)
便益タイプの連想
「便益」は、消費者の「その製品・サービスで何ができると考えているか」という認知のことで、消費者の個人的な価値のことです。
「便益」は、さらに「機能的価値」「経験的価値」「象徴的価値」に分けることができます。
「機能的価値」は、マズローの生理的欲求や安全欲求、あるいは問題解決欲求を、その製品・サービスによって解消する価値のことです。通常、消費者は、これらの欲求を解消できるかどうかを、製品関連属性から考えます。
「経験的価値」は、製品・サービスの使用に対する消費者の好ましい感覚のことです。これも、通常は、製品関連属性に関係しています。
「象徴的価値」は、消費者の社会的承認や自己表現、自尊心といった潜在的な欲求を満たすための、高級感や排他性、ファッション性といった価値のことです。これは、通常、非製品関連属性と関係しています。
また、「機能的価値」は製品の内在的優位性、「象徴的価値」は製品の外在的優位性と考えることもできます。(Keller, 1993)
その他の連想
「好ましさ」とは、ブランドに対して消費者がどれだけ好ましい評価をしているかを表しています。マーケティング活動の成功とは、好ましいブランド連想を創造することなので、「好ましさ」はマーケティングの成功指標そのものです。
「強さ」とは、ブランドと周辺知識の結びつきの強さを意味しています。強さは、消費者の記憶の中にどれだけの情報が蓄積されているか、およびブランド・イメージがどれだけメンテナンスされているかに依存します。
「ユニークさ」は、ブランドがどれだけ独自のポジションを獲得できているかを表しています。(Keller, 1993)
マーケティング活動への活用
見方を変えてみると、Kellerのブランド知識の構造は、マーケティング活動のするべきことを示していますね。すなわち、
- ブランドを消費者に何度も知覚させ、ブランド再認とブランド再生の段階に引き上げること
- 商品の製品関連属性を伝えて、機能的価値や経験的価値の記憶を作ること
- 商品の価格・利用シーン・利用者を伝えて、象徴的価値の記憶を作ること
- 消費者の態度がポジティブになるように伝え方を工夫して、好ましさを記憶させること
- 独自のイメージ(質)を何度も伝えること(量)で、ブランドと記憶の連結を強化すること
- 競合商品との差異を伝えることで、ユニークな存在と認識させること
と言ったところでしょうか。
要するに、マーケティング活動とは「消費者の頭の中のブランド知識への投資」ということが言えるのではないでしょうか。
ブランド・エクイティの依存関係
Kellerの提唱したブランド知識の構造は、理論的に構築されたコンセプト・モデルなので実験的に検証されたものではありません。しかも、製品関連属性が機能的価値を高め、非製品関連属性が象徴的価値を高めるなど、要素間の依存関係がありました。
一方、Aakerの提唱したブランド・エクイティの5つの構成要素の中で、知覚品質は製品関連属性の一部で機能的価値を高める要素、ブランド・ロイヤルティはブランド・エクイティが高まった結果と考えられます。
また、製品ブランドとは別に、SONYやPanasonicといった企業ブランドが日本では重視されています。しかし、Kellerの顧客ベースのブランド・エクイティでは、企業ブランドが考慮されていません。
ブランド・エクイティの構造モデル
前田(2008)は、ブランド・エクイティにまつわる要素の依存関係を、大学生を対象として検証し、因子分析と構造方程式モデリングから、次のような依存関係を明らかにしました。
この図で、長方形は直接測定した測定変数(測定因子)を表し、楕円は測定できない潜在変数(潜在因子)を表しています。
構造モデルの読み方
前田(2008)では、ブランド・エクイティを、製品力による価値(機能的価値、便益的価値)とブランド力による価値(感覚的価値、象徴的価値・意味的価値)の2階層の価値モデルで構成されるとし、前者を1次的価値、後者を2次的価値と呼んでいます。しかし、上図では理解しやすくするために、前者を機能的価値、後者を象徴的価値と置き換えました。
上図で、「ブランド・エクイティ」から「象徴的価値」と「機能的価値」へ矢印が伸びています。これは、「象徴的価値」と「機能的価値」を説明変数とする潜在因子が存在し、それを「ブランド・エクイティ」と名付けたことを示しています。
同様に、「象徴的価値」と「機能的価値」も直接測定できない潜在変数で、直接観測される説明変数で定義されます。具体的には、象徴的価値は「内在化」「自己表現」「ブランドへの親近感」を説明変数とし、機能的価値は「知覚品質」「ブランドへの信頼感」を説明変数としています。
仮説段階では、「企業ブランド・エクイティ」という潜在変数も想定していましたが、「企業力」「企業への親近感」「企業の向社会性」「企業への信頼感」の4因子構造になったので、潜在因子はないと考えたようです。各測定変数の定義は、前田(2008)をご覧ください。
構造モデルから分かること
このモデルの興味深い点は2つあると思います。
象徴的価値による加速
1つは、ブランド・エクイティが高まり、ブランド・ロイヤルティと知覚差異が向上すると、スイッチング・コストを高め、それが象徴的価値にフィードバックされる点です。象徴的価値が高まるとブランド・エクイティがさらに高まるので、この好循環が生まれるとブランド力が加速度的に向上することを示しています。
また、スイッチング・コストが高くなることは、持続的競争優位性が生まれることを示しています。そのためには、ブランド・ロイヤルティ(=関係性)と知覚差異(=差別化)が必要であることも分かります。そして、ブランド・エクイティは、関係性と差別化を促進する効果があるという理解ができますね。
企業ブランドの影響
もう1つは、企業ブランドの各測定変数は、「ブランド・エクイティ」「象徴的価値」「機能的価値」へと影響する先が分かれる点です。
このモデルを読み解くと、「企業への信頼感」(「この企業の製品なら安全性や品質などが大丈夫だろう」という感覚)は「機能的価値」のみに、「企業力」(国際力や社会性、研究開発力、リーダシップ、先進性など)は「象徴的価値」を高め、間接的にブランド・エクイティを向上します。
これに対し、「企業の向社会性」(CSRなど公益性に力を入れているという認知)や「企業への親近感」(親しみやすさやセンスの良さなどの好意)は、「ブランド・エクイティ」に直接的に影響しています。
大企業が行っている活動が、このようにブランド・エクイティと関わっていることを知れたのは新鮮でした。
最後に
ということで、ブランド・エクイティについて学んでみました。
基本的には、Kellerの顧客ベースのブランド・エクイティとブランド知識を押さえておくと良さそうです。
ただ、「経営戦略にとってどうしてブランド・エクイティが重要なのか」または「ブランド・エクイティを高めるために企業経営として何をしたらいいのか」といった疑問には、前田の検証済モデルが理解を助けてくれると思います。