こんにちは、やまもとです。
最近、「伊藤レポート」(経済産業省)のおかげで、人的資本経営が注目されています。そこで、これまで提唱されたヒトに関する経営理論を振り返っています。
科学的管理法では、課業という考え方を用いて不当な賃率引き下げを防ぎ、雇用者と労働者に公平な賃金を設定しようとしました。しかし、課業を動作や時間という客観的身体的変数で定義することになっていたため、人間の主観的で心理的な状況を無視することになってしまいました。
この問題の対策として、科学的管理法と同時期に発展した組織心理学を取り入れた人事管理論が作られました。産業心理学に基づく個人特性を調べるテストが導入され、適材適所という考え方ができました。また、労働者の人としての多様な側面をサポートするために、企業内に独立機能として人事部の必要性が提唱されました。
今回は、人間関係論の契機になったホーソン実験について詳しい論文(岡田, 2003)を見つけたので、その経緯を確認していきたいと思います。
背景
科学的管理法による生産の合理化は、ベルトコンベア式流れ作業による大量生産を実現したが、次のような3つの問題も引き起こしました。
- 労働の単純反復化と他律強制化によって、労働者の単調感と疲労感を増大させ、著しく生産性が低下した(岡田, 2003)
- 生産工程の機械化が、労働者と機械の同一視を進め、失業者を生み出し、労働者の不満が蓄積していった(岡田, 2003)
- 設備の大型化が企業の合併連合を招き、企業規模の巨大化により、組織の階層化により意思疎通の希薄化が進行した(岡田, 2003)
これらを解決するために、産業界では「自発的協働関係の維持」の重要性が認識されるようになり、産業心理学が注目されるようになりました。
このような中で、労働環境と生産性の関係を調べるべく、ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で実験が行われました。
ホーソン実験
照明実験
照明実験は、ホーソン実験の前に行われた実験で、ホーソン実験の契機になった実験です。当時、福利厚生(年金制度、保険制度、協議制度、レクリエーション施設)があるにも関わらず、労働者間に不満が蔓延し、作業効率が極度に低下していました。これに対して、照明の明るさが作業効率に影響するのかを検証した実験です。(岡田, 2003)
実施機関
- ウェスタン・エレクトリック社
- 国立科学アカデミー全国学術研究協議会
実験目的
- 照明の質と量とが作業能率に及ぼす影響を明らかにすること
- 当時の「最適な照明は、疲労をすくなくし生産高を増大する」という仮説を検証すること
実験期間
- 1924年11月〜1927年4月
実験対象
- ウェスタン・エレクトリック社 ホーソン工場の労働者 約3万人
実験方法
- 同一作業に従事する同数の2つの作業者グループによる群間比較(統制群と比較群)
実験1
- 実験内容
- 統制群は、一定の照明の下で作業を実施する
- 比較群は、徐々に明るさが増す照明の下で作業を実施する
- 両群の生産高を比較する
- 実験結果
- 統制群と比較群のどちらも生産高が増大した
実験2
- 実験内容
- 統制群は、一定の照明の下で作業を実施する
- 比較群は、徐々に明るさが減る照明の下で作業を実施する
- 両群の生産高を比較する
- 実験結果
- 統制群と比較群のどちらも生産高が増大した
結論
- 照明は、作業者の生産高に影響する要因としては、大して重要なものではない
- 作業者の活動におよぼすある一つの要因の効果だけを明らかにすることは不可能である
この実験は、作業環境における一定の物理的条件の変化と作業者の反応の間には単純な因果関係がある、という当時の一般認識に疑問を提示しました。
この照明実験の結果を受けて、ウェスタン・エレクトリック社とハーバード大学、財政的援助をしたロックフェラー財団による大規模調査団が結成されました。この調査団による一連の実験が、ホーソン実験と呼ばれています。
調査団
- ハーバード大学
- メイヨー
- レスリーバーガー
- ホワイトヘッド
- ウェスタン・エレクトリック社
- ディクソン(雇用関係主任)
- ライト(人事調査主任)
継電器組立作業実験
実験目的
- 作業条件の変化と、生産高の関係を明らかにすること
- 作業条件の変化と、作業員の態度の変化を観察すること
実験期間
- 1927年4月〜1929年6月の全13期(主要な結果が判明)
- 1929年7月〜1932年までの全10期(結果検証)
実験対象
- 継電器組立工(女子作業員)
実験方法
- 隔離した実験室で一定期間で作業条件を変化させ、生産高測定と態度観察を行う
実験結果
- 実験室の作業に対して、従業員たちが満足感を表していた
- 従業員たちが、共通の感情・集団的忠誠心によって結びついた仲間集団としての意識を持つに至った
- 休憩時間の導入、作業時間の短縮、軽食の提供といった物理的作業条件の変化とは無関係に、実験室では生産高が増加した
- 現場と同一条件、作業室、休憩なし[生産高:2400]
- 実験室、休憩なし[生産高:2400]
- 実験室、休憩なし、集団出来高給制[生産高:2500]
- 実験室、10:00と14:00に5分間の休憩、集団出来高給制[生産高:2500]
- 実験室、10:00と14:00に10分間の休憩、集団出来高給制[生産高:2550]
- 実験室、午前と午後に3回ずつの5分間の休憩、集団出来高給制[生産高:2500]
- 実験室、9:30に15分休憩+軽食(会社支給)、14:30に10分休憩+茶菓子(会社支給)、集団出来高給制[生産高:2500]
- 実験室、9:30に15分休憩+軽食(会社支給)、14:30に10分休憩+茶菓子(会社支給)、集団出来高給制、16:30終業[生産高:2600]
- 実験室、9:30に15分休憩+軽食(会社支給)、14:30に10分休憩+茶菓子(会社支給)、集団出来高給制、16:00終業[生産高:2600]
- 実験室、9:30に15分休憩+軽食(会社支給)、14:30に10分休憩+茶菓子(会社支給)、集団出来高給制[生産高:2800]
- 実験室、9:30に15分休憩+軽食(会社支給)、14:30に10分休憩+茶菓子(会社支給)、集団出来高給制、土曜休日[生産高:2600]
- 実験室、休憩なし、集団出来高給制[生産高:2900]
- 実験室、9:30に15分休憩+軽食(自弁)、14:30に10分休憩+茶菓子(会社支給)、集団出来高給制[生産高:3000]
結論
- 休憩時間や作業時間の短縮といった作業条件は、作業効率に影響しなかった
第2次継電器組立作業実験&雲母剥取作業実験
第1次継電器組立作業実験の結果を受けて、物理的作業条件ではなく、集団出来高給制のような経済的要因が生産高の増加に影響しているのではないかと考えられました。そこで、集団出来高給制の影響を確かめるために2つの実験が行われました。
実験目的
- 賃金(経済的要因)の生産高上昇への影響を確認すること
実験期間
- 第2次継電器組立作業実験:1928年8月〜1929年3月
- 雲母剥取作業実験:1928年8月〜1930年9月
実験対象
- 第2次継電器組立作業実験
- 継電器組立工(女子作業員)5名
- 雲母剥取作業実験
- 雲母剥取作業員
実験方法
- 第2次継電器組立作業実験
- 通常の職場と同じ作業条件の下で、5名だけ集団出来高給制を適用し、生産高を測定する
- 雲母剥取作業実験
- 集団出来高給制を適用しないで、第1次継電器組立実験と同じ作業条件の実験を行う
実験結果
- 第2次継電器組立作業実験
- 集団出来高給制を適用しても、大きな差は無かった
- 雲母剥取作業実験
- 第1次継電器組立実験と同様に、作業条件によらずに生産高が変化した
結論
- 集団出来高給制は、生産高増加の決定的要因ではない
この結果を受けて、実験室での生産高の増加は、実験室での監督スタイルの違いによるという仮説が考え出されました。ホーソン工場の通常の職場では能率志向型監督スタイル(手順や規則を遵守し部門能率の維持を目指すスタイル)であったのに対し、実験室では従業員志向型監督スタイル(作業員の協力確保を目指すスタイル)で実験が行われていました。
このような監督スタイルの違いという観点から実験データと会話記録を分析しなおしたところ、次のような特徴が判明しました。
- 女子作業員の友好関係(=横の人間関係)が形成されていた
- 誰かが疲れると、他の者が作業速度を上げて、生産高の不足分を補っていた
- 実験の目的・内容を理解し、協力依頼によって自分達が重要な問題解決に協力しているという誇りを持っていた
- 作業条件変更時に、内容を説明され、意見を求められ、同意しない条件は導入されなかったため、自分達の仕事の価値と存在価値が認められたと感じ、責任感と満足感を感じていた
- 通常の職場のような監督者がおらず、協力を促し、記録するだけの観察者だけが配置されており、その観察者と良好な縦の人間関係が形成されていた
これらの事実から、作業員の作業効率の増進や生産高の増大は、縦横の人間関係や心理的な要因によって効果が出るのではないかと考えられるようになりました。
面接計画
調査目的
- 当初は、監督者訓練用の素材を集めることだった
- 監督スタイルの実態とそれに対する従業員と態度と感情を明らかにすること
調査期間
- 1928年9月〜1930年3月
調査対象
- 当初:検査部門 1,600名
- 最終:従業員 21,126名
調査方法
- 当初:直接的質問法(Yes/No質問で尋ねる)
- 最終:非指示的面接法(面接官が聞き役に徹する)
調査結果
- 従業員の不平や不満を取り除いても、不平・不満は一向に解消されなかった
結論
- 人間の行動は、その感情を切り離しては理解できない
- 人間の感情は、容易に偽装される
- 感情の表現は、その人間を取り巻く「全体情況」の中で理解されなければならない
仮説
ここで、「全体情況」とは、次の2つで特徴づけられます。
- 個人的経歴(personal history)
- 従業員がそれまでの社会生活で形成してきた感情(希望、欲求、期待、価値観)
- 社会的脈絡(social context)
- 従業員が職場に置いて同僚や上司との間に取り結ぶ個々人間の相互作用
ここから、調査団は次のような仮説を得ました。
- 組織において作業効率の最大要因は個人の精神的態度や感情である
- 個人の精神的態度や感情は社会的集団(Social Group)を通じて形成される
しかし、従業員が創り出す「社会的脈絡」がどのようなものかわかりませんでした。
バンク配線作業観察
実験目的
- 作業集団の実態と集団構成員の社会的関連を明らかにすること
実験期間
- 1931年11月〜1932年5月
実験対象
- 配線工 9名(男子工員、20代)
- ハンダ付工 3名(男子工員、20代)
- 検査工 2名(男子工員、40代1名、20代1名)
実験方法
- 作業集団ごとに観察室に隔離する
- 作業条件は現業部門と同じ
- 集団出来高給制は次の通り
- 基本給=個人別時間賃率(作業能率, 経験年数) × 作業時間
- 割増給∝作業集団の総生産高
実験結果
この実験は、お互い協力して総生産高を上げようとすると期待されていましたが、実際には次のような結果になりました。
- 作業員たちは総生産高を上げることには興味を示さなかった
- むしろ、総生産高を一定に保とうとしていた
この結果を受けて、研究者がさらに調査したところ、次の点がわかりました。
- 観察室では、仕事の相互援助や友情関係をもとに、作業集団内に2つのクリークが形成された
- これらクリークには、次のような集団規範があった
- 賃率破り規範
- 仕事がより多くできると経営者が知ると、作業量を増やしたり、賃率を下げたりされて、同じ報酬を得るのにさらに多くの仕事をなければならなくなる。だから、仕事に精を出しすぎてはならない。
- さぼり屋規範
- 集団出来高給制の中では仕事をサボっても割増給を得られるが、それはズルである。だから、仕事を怠けすぎてはならない。
- 裏切り者規範
- 仲間の誰かが迷惑するようなことを監督者に言ってはならない。
- お節介規範
- 集団の各人はあまりお節介をしてはならない。(例えば、検査工は検査工ぶってはならない)
- 賃率破り規範
- 集団規範は次の2つの機能を有していた
- 対内的機能(逸脱防止)
- 集団規範遵守のために、クリークの成員に対して同調圧力(例:皮肉や冷やかし)を加えて、成員の逸脱行為を防止する
- 対外的機能(変化抵抗)
- クリークの外からの干渉に対して、クリークを守る。例えば、監督者による変化に抵抗する。
- 対内的機能(逸脱防止)
結論
- 会社内には、自然発生的な非公式組織(informal organization)が存在する
- 非公式組織は、集団内の個々人の行動を規制する
- 非公式組織は、集団成員に対して、安定感・帰属感・一体感を与える
- 非公式組織は、集団内に持ち込まれる変化に抵抗する
まとめ
ホーソン実験は経営学の転機となった実験として有名ですが、結論はよく知られていても実験内容は詳しく知りませんでした。そのため、今回は少し踏み込んで実験内容と実験結果を中心にまとめてみました。
実験結果に基づくと、以下のようにまとめられると考えられます。
生産高の増加には、従業員の態度・感情が決定的に効いていますが、従業員の態度・感情は社会的脈絡に大きく影響されます。従業員の社会的脈絡とは、非公式組織の集団規範でした。したがって、生産高の増大には、非公式組織の集団規範を変える必要があります。
少し長くなったので、ホーソン実験をもとに提唱された人間関係論は別の記事でまとめたいと思います。
参考文献
- 岡田行正 (2003)「人間関係管理の生成と展開」北海学園大学経営論集, 1(3): 55-84
- 森川譯雄. (2010). 人事労務管理論の史的展開と人的資源管理論. 修道商学, 50(2), 307-325.