こんにちは。やまもとです。
前々回と前回で、管理会計学分野での2011年と2021年の評価制度設計の論点を確認しました。評価制度を含めて、このような管理システム全体のことを、マネジメント・コントロール・システム(MCS)と呼ぶそうです。近年の研究では、創造性を高めるためのMCSとは何かを明らかにすることが論点になっているようです。
初期の3つの研究で分かったことは、次のような点でした。
- 報酬システムに創造性業績指標を組み込んでも、創造性が高いアウトプットが出てくるとは限らない。むしろ、従業員が創造性を高めることに注力するため、アウトプットの量が減少する。(Kachelmeier, et al., 2008)
- 創造性連動報酬を従業員が選択できるようにしても、創造性の自己評価が高い従業員を惹きつけるが、創造的なアウトプットは初期だけである。結局、従業員も自身の創造性の正確な情報を持っていないため、選択制は効果が限定的であった。(Kachelmeier, Williamson, 2010)
- グループの創造性は、グループ単位のインセンティブをトーナメント制で与えることで高められる。これは、グループ内のメンバーの協働や、グループ間の競争が高まることによる。(Chen, et al., 2012)
この後の研究について、深見ら(2019)がレビューを行なっているので、これを参考にして何が判明しているのかを整理したいと思います。
レビューの要点
管理会計学における創造性の研究は萌芽的で数が少ないため、深見らはシステマティック・レビューではなく、論文10本を個別にレビューしています。最初の3本は、こちらの記事「初期の3つ研究」で整理したものと同じでした。そこで、残りの7本のレビューから要点だけを抜き出しました。
- 創造性に高く依存する企業では、業績連動型報酬と主観的業績評価の併用が高い利益を生む。また、創造性に高く依存する企業ほど、両方を厳格に運用する。(Grabner, 2016)
- マネージャーが組織の創造性への依存度が高いと認識しているほど、内発的動機を重視するため、権限移譲・採用プロセス・役割外業務の評価に正の影響がある。(Grabner, Speckbacher, 2016)
- マネージャーが組織の創造性への依存度が高いと認識しているほど、タスク固有知識の欠如を認識しているため、権限移譲・目標値による業績評価・採用プロセスに正の影響がある。(Grabner, Speckbacher, 2016)
- 信条・境界・診断・インタラクティブの4つのコントロールレバー(LoC; Simons, 1995)システムの強化は、従業員のエンパワーメントと創造性に対して、正の影響がある。(Spekle, et al., 2017)
- 予算は創造性を刺激するが、達成困難だと阻害する。予算は、企業がresponse creativity(顧客要求に応答する創造性)に近いほど診断的(計画的)に、expected creativity(社会の期待に応える創造性)に近いほどインタラクティブ的(機動的)になる。(Cools, et al., 2017)
- ファッション業界では、金銭的インセンティブを活用することは滅多になく、もともと内発的動機付けが高いデザイナーは固定給の場合が多い。MCSは、デザイナーの内発的動機と企業や市場との調和を目的としている。(Davila, Dittilo, 2017)
- ファッション業界のMCSには、仕事を定義するdirectional systemと斬新さを高めるinspirational systemがある。ローエンド市場の企業ほど、directionalコントロールが強い傾向にある。(Davila, Dittilo, 2017)
- 情報共有システムは、創造性とエンゲージメントに対して有意な影響はなかった。(Li, Sandino, 2018)
- 情報共有システムに頻繁にアクセスしたり、近隣に店舗がない(ゆえにシステムから情報を入手することが多い)店舗では、創造的な仕事の質の向上が見られました。(Li, Sandino, 2018)
- 同じタスクを2回実施する場合、インセンティブの種類にかかわらず、潜伏期間(incubation)を設けると、2回目のタスクでより多くの創造的なアイデアが生まれていた。(Kachelmeier, et al., 2019)
- 数量インセンティブは、発散的思考を促進し、従業員の創造性に影響していた。(Kachelmeier, et al., 2019)
結局のところ、MCSと創造性の関係は、まだまだ分かっていることが少ないのが現状です。しかし、「分からない」という結論では意味がないので、一応、これらの少ない情報から、何が言えるのかを考えてみたいと思います。
創造性への依存性
経営者であれば、まず自社の事業に創造性が必要なのかどうかを考える必要があるでしょう。創造性への依存度が低いのであれば、業績連動型報酬だけを使えばいいですし、マネージャーの創造性への依存度を考える必要もありません。トップダウンによるコマンド&コントロール型の経営を行えば良いと思われます。
しかし、組織の創造性が必要であれば、経営のやり方を変える必要があります。インセンティブではなく固定給が望ましいことになりますし、従業員の内発的動機を活かすinspirational systemsが必要になります。そもそも、内発的動機付けの高い人を採用することも必要になるかもしれません。そうした一連のMCSを整備しなければなりません。
必要な創造性の種類
また、事業に求められる創造性の種類の違いも考える必要があります。
例えば、特注品を扱う家具業界ではresponse creativityが高く、創造的な家具を予算の範囲で要求通りに作ることが求められます。そのため、予算は計画的で、主にコストを意識することになります。
反対に、メディア業界ではexpected creativityが高く、将来どのような流行が発生するかわかりません。そのため、予算は機動的で、機を逃さないことが重要になります。
予算の考え方が異なるため、当然MCSの中身も変わってくるでしょう。前者は計画遂行を管理する仕組みになるでしょうし、後者は日々の移り変わりを機敏に捉えていく仕組みいなると考えられます。
情報共有では足りない
創造性を高めるには知識が必要ですが、単に情報共有システムを導入しただけでは創造性は向上しません。一方、創造性の向上には、高頻度に情報共有システムにアクセスすることが必要でした。アクセス数が増えるのは、顧客からのリクエストが多い、すぐに答えを聞ける同僚や店舗がない、などといった場合です。
「洞察」の記事でも書いたように、創造性には知識が再構築される必要があります。情報共有システムによって知識は供給されるでしょうが、必ずしも再構築が促されるわけではありません。だから、情報共有システムの導入では創造性の向上は見られなかったのでしょう。
また、知識を増やすことは、従業員の専門性を向上すると考えられます。しかし、「専門性が洞察を阻害する」で書いたように、専門性の向上は創造性にとって逆効果になる場合があります。これを防ぐ方法として、専門分野とは別の分野の知識も学んでおくことが提唱されていました。したがって、情報共有システムは、事業に関係する情報のみを提供するのではなく、多様な情報が共有される仕組みの方が、創造性に影響を与えやすいと考えられます。
インセンティブはいらない
ファッションデザイナーがほぼ固定給であった点から考えられるように、発散的思考を促す時の数量インセンティブを除いて、インセンティブは創造性の向上に効果がありません。インセンティブが引き出すのは努力であるため、「創造性は努力によって必ずしも引き出されるものではない」というAmabile(1996)の主張と符合しています(参考:アマビールの創造性)。
創造性を高めるには、報酬による外発的動機付けよりも、内面から湧き起こる内発的動機付けが必要です(Amabile,1983)。高い内発的動機を事業と整合させるために、ファッション業界ではinspirational systemsと分類された仕組みあるそうですが、どのような仕組みなのか調査が必要かもしれません。
一方、創造性に対して影響のあったのは、LoCシステムです。LoCシステムについては詳しくないので、調査をしてみようと思います。
創造性が必要という意識が必要
「組織の創造性が必要である」と認知するマネージャは、内発的動機が必要だという認知と自分には専門知識が欠けているという認知に繋がり、権限移譲・目標管理・採用・役割外業務の評価へと意識が及ぶことが分かりました。
ここでいうマネージャは経営者や組織長といったトップ層なので、彼ら・彼女らが「組織の創造性」に対する意識を持っているかが、MCSの在り様に影響を与えていることになります。
感想
レビュー論文を概観してみましたが、まだ分からないことだらけという印象ですね。おそらく、現在とは異なるMCSが必要になるのでしょうが、それがどのようなものか明確にはなっていません。
その中でも、ファッション業界にヒントがあるかもしれないというのは、良い気づきになりました。確かに、そもそも創造性が重要な業界では、そうではない業界にはない仕組みがある可能性がありますね。