創造性の心理学⑧|専門性が洞察を阻害する

こんにちは、やまもとです。

創造性について、Runco教授がまとめた書籍「Creativity」を学習しつつ内容をまとめています。

今回は、経験や専門性と洞察の関係についてまとめてみます。

経験が洞察を阻害する

前回、「洞察は長引く」という証拠をGruberらが提供していることを書きました。長引くのは、既存の知識構造の再構築をしているためと考えられます。既存の知識構造は、それまでの経験を通して蓄積された情報がもとになっています。そのため、「洞察が長引く」という証拠は、洞察が経験や情報に依存している可能性を示しています。

しかし、問題領域での経験は、洞察を促進するだけでなく、洞察を困難にすることも指摘されています (Wertheimer,1982)。これは、Einstellung効果Luchins,1942; Wikipedia)や機能的固定性Duncker,1945; Wikipedia)という概念と類似しています。

Einstellung効果

Einstellung効果とは、同じ領域の問題を多少複雑な手順を踏んで解決した経験を積んでいるとき、より直接的で簡単な解決できる問題も複雑な方法で解いてしまい、簡単な方法を無視してしまうことです。下記に、Wikipediaの説明を引用しておきます。

Einstellung(ドイツ語の発音:[ˈaɪ̯nˌʃtɛlʊŋ])とは、機械化された心の状態を開発することです。問題解決セットと呼ばれることもありますが、Einstellungは、ある問題を解決するために、より良い方法や適切な方法が存在するにもかかわらず、特定の方法で解決しようとする人の素質のことを指します。

アインシュテルン効果とは、新しい問題を解決する際に、過去の経験がもたらす負の効果のことです。アインシュテルン効果は、様々な場面で実験的に検証されています。

Wikipedia

機能固定性

機能的固定性とは、目の前の問題や状況について、それまでの経験や従来の考え方に固執してしまうことです。こちらも、Wikipediaの説明を引用しておきます。

機能的固定性とは、ある対象物を伝統的な方法でしか使用できないように制限する認知バイアスのことである。機能的固定性の概念は、全体処理を重視する心理学であるゲシュタルト心理学に由来する。カール・ダンカーは、機能的固定性を「問題を解決するために必要な新しい方法で対象物を使用することに対する精神的ブロック」と定義しました。この「ブロック」は、個人がタスクを完了するために与えられた部品を使用する能力を制限し、その部品の本来の目的を越えることができません。例えば、文鎮を必要としている人がハンマーしか持っていない場合、ハンマーが文鎮としてどのように使えるのかが分からないことがあります。機能的固定性とは、ハンマーが釘を打つ以外の用途に使えないことであり、ハンマーの本来の機能以外の使い方を考えられないことである。

5歳の子供には機能的固定性の兆候は見られません。これは、5歳の時点では、物を使って達成したい目標は、他の目標と同じだからだと言われています。しかし、7歳になると、本来の目的を特別視する傾向を獲得します。

Wikipedia

共同効果の実験的証拠

最後に、経験が洞察を助けたり、妨げたりする実験も行われています。

本研究は、認知スタイルと実生活における問題解決の経験との間に共同効果があるという過去の知見を再現し、拡張したもので、認知スタイルの志向性に応じて、経験が問題解決を促進または抑制する効果を持つ可能性を示した。被験者は、ノルウェーの高等学校に通う女子学生179名と男子学生96名でした。従属課題は、5つの分析的洞察問題であった。その結果、同化型は関連する経験が多いほどパフォーマンスが高く、探索型は経験が少ないほどパフォーマンスが高いという仮説が支持された。また、同化型・探索型のスタイルと問題解決との間に曲線的な関係が得られた。この効果と共同効果は、一般的な知能と性別をコントロールしても存在した。

Martinsen (1995) “Cognitive Styles and Experience in Solving Insight Problems: Replication and Extension”

つまり、基本的には経験を重ね専門性を磨いていくと洞察力は向上していきますが、経験を重ねすぎると洞察力は逆に低下していく、経験と洞察力は逆U字型の関係(下図)になっている可能性があります。ただし、同化型と探索型の2タイプの存在も示唆されていることから、極大点は経験の高低のどちらかに偏っているかもしれません。すなわち、洞察に経験が必要な同化型は専門性が高い方に極大点が偏り、洞察に経験が不要な探索型は専門性が低い方に偏っている可能性です。

専門外の知識を入れて洞察力を上げる

ある問題領域の経験が増していくということは、その問題領域の専門家になっていくということです。専門家は、他の人が理解できないことを理解できますが、同時に独創的な方法で考えることが困難にもなっていきます。

これは、専門家が多くを知るが故に、仮定をおいてしまうことが原因です。よく、研究の現場では、学生が実験手順を間違えたり、材料やその分量を間違えたりしたことが、新発見につながることがあります。専門家の教授は「〜でなければならない」という仮定を持っていたのに対し、学生は知識不足のためそのような仮定を持っていなかった、と考えられます。

余白を作る

これを防ぐために、ピアジェスキナーは自分の研究分野以外を学ぶことを推奨しています。

ピアジェの証言

ある人が道徳的判断についての本を勧めてくれましたが、それは私がやっていたこと(ある種の論理的機能の研究)を少し超えていました。道徳的判断は感情の問題ではありませんから、私はそれに惹かれました。それは、単純な知識とはまったく異なる領域で見つけたいと思っていた論理構造の側面でした。私はそのために2、3年を費やしましたが、それは本当の意味での外国の方向性ではありませんでした。それは知性と並行して行うものでした。(インタビュー、1969年)

H.E.Gruber (1996) “The life space of a scientist; The visionary function and other aspects of Jean Piaget’s thinking”

自分の専門分野に対する新鮮な視点を容易に与えてくれますし、専門家が経験を積みすぎることで生じる飽和や硬直を避けるのにも役立ちます。ある分野から別の分野に移ることは、一種の専門的な余白を作ることにもなります。

余白を埋める

専門家が専門外の分野を学ぶことで作られた余白は、それを埋めることで、後の大きな発見に繋がった例がいくつもあります。

  • 発生的認識論を提唱した発達心理学者のピアジェは、生物学を学びました。
  • 精神分析を創始した精神科医のフロイトは、もともと生理学者で生理学に基づいて心を理解しようとしていました。
  • 進化生物学(進化論)を創始したダーウィンは、生物学者ではなく地質学者でした。
  • 物理学者のアインシュタインは、一般相対性理論を構築するためにリーマン幾何学(数学)を学びました。

これらのことから、2つの専門性を掛け合わせた余白領域を埋めようとすることで、新たな専門分野や新たな理論の創始になっていると推測できます(下図参照)。

まとめ

以上より、洞察と経験・専門性については次のようにまとめられます。

  • 経験や専門性は洞察に必要だが、ありすぎると逆に洞察を阻害する
  • 専門性による洞察の阻害を防ぐには、別の専門領域を経験・学び、専門性の余白を作ることが肝要である
  • 過去の新発見や新理論は、専門性の余白を埋めることで導出されているかもしれない

実は、この「2つ以上の専門性を掛け合わせ、専門性の余白を作る」というのは、このサイトがまさしく目指していることだったりします。そのため、なるべく多くの分野の記事を投稿するようにしています。それによって、読者の誰かの頭の中で洞察が起こることを期待しているわけです。

参考

参考文献として、下記が挙げられていますが、古過ぎて読むことができません。

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