こんにちは。やまもとです。
企業で働いていて、製品やサービスの値段を決めるのはとても悩みます。
特に、全く新しい製品の場合は、過去の販売データもなく、競合製品もないため、手がかりが全くないことが往々にしてあります。
前回学んだ価格弾力性を調べるにも、需要曲線の最初の1点目を見つけるのがとても大変です。
そこで、今回は価格設定でよく使われている戦略レベルの方法について、説明したいと思います。
目次
価格設定の3Cモデル
マーケティング検定のテキストでは、価格設定の3Cモデルが紹介されています。
価格設定の3Cモデルとは、価格設定の戦略レベルの考え方として、以下の3種類を示したものです。
- Customer:製品に対する顧客の評価による値付け
- Competitor:競合製品や代替製品の価格を基準にする値付け
- Cost:製品のコストを基準にした値付け
価格設定の5つの戦略
しかし、あえて高価格に設定して開発コストを迅速に回収する戦略や、コスト以下の低価格に設定して市場シェアの拡大を狙う戦略などもあり、3Cモデルに当てはまらない場合もあります。
そこで、以下のように、戦略レベルの価格設定を5段階にまとめてみました。
これらは、価格設定の指針であり、一度始めると変更が困難で、比較的長期間採用をすることになるため、戦略レベルと勝手に呼んでいます。
下記では、各段階について記述していきたいと思います。
上澄み吸収価格戦略
上澄み吸収価格設定は、早期の開発コスト回収を目的に、かなり高い価格を設定する方法です。
非弾力的市場の場合
この方法は、主に富裕層をターゲットにした高級ブランド製品で採用されている価格設定です。消費者を所得で階層化したとき、富裕層(=上澄み)への少量の販売だけで開発コストを回収することを目的としています。モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)グループやリシュモン・グループ、ケリング・グループといった高級ブランドグループは、上澄み吸収価格設定が可能なブランドの買収競争を繰り広げていますね。
富裕層市場は、低価格な製品を避ける傾向があるため、非弾力的な市場になります。また、高価格でも購入されるブランド・イメージが確立しており、競合が参入しにくいことなどの特徴があります。
弾力的市場の場合
別の例としては、製品の市場投入時に極めて高い価格に設定する場合があります。
例えば、8Kテレビが登場当初100万円近くだったように、ほとんど購入されないであろう超高価格であえて販売していました。この場合も、超高価格でも購入できる富裕層をターゲットにしていることは明白です。
ただし、テレビの市場は、価格が下がれば購入者が増える弾力的な市場です。企業としては、規模の経済性によるコストダウンをしたり、工場の稼働率を高く維持することを考えると、販売量を増やさねばなりません。したがって、いずれは価格を下げ、普及させなければならない製品カテゴリーでもあります。一方、このようなテクノロジー製品は、次期規格製品に膨大な研究開発費がかかります。8Kテレビも10年ほど前にすでに研究が始まっていました。そのため、メーカーは下記のような理由で、開発コストを早く回収しなければなりません。
- 次期規格や次々期規格の長期的研究開発に、すぐにでも投資を始めなければならない
- 普及価格帯では開発コストを回収するほど利益が出ない
- 需要の上限が予測されている(例えば、家庭数以上の普及は難しいなど)
また、このような製品を高価格で購入してもらうには、消費者の価格感受性が下がっている必要があります。例えば、8Kの映像美を「今まで見たことがない」と感じたり、8K製品がまだ1種類しか発売されておらず「取って代わるものがない」と感じたり、まだ誰も所有しておらず「ステータス感」を感じたり、といった理由で「購入しても惜しくはない」と思ってもらう必要があります。
顧客価値ベースの価格戦略
顧客価値ベースの価格設定は、顧客が受け止めている製品の価値に基づいて価格を設定し、掛けられるコストを計算し、製品設計に落とし込んでいく方法です。
テキストでは、顧客価値ベースの価格設定として、知覚価値価格設定とバリュー価格設定の2種類が紹介されています。
知覚価値価格設定
知覚価値価格設定は、顧客の「知覚価値」を基準に価格設定する方法です。
自社の価値提案で約束した価値を提供し、顧客にその価値を知覚してもらうことが必要です。そのため、企業は提供物の価値を明確にし、顧客のマインドに知覚価値を植え付け、それを高めなければなりません。価値を明確にする方法としては、フォーカス・グループ・インタビューや顧客サーベイ調査、過去のデータ分析などが用いられます。知覚価値を高める方法として、広告やマーケティング・ミックスが用いられます。
とはいえ、価値を明確にするのは容易なことではありません。顧客も用途を理解していないような新しい商品の場合は、特に困難になります。これは、顧客もその商品にいくら支払うのが妥当なのか分からないためです。
例えば、現在、人工知能(AI)はあらゆる産業で「何か新しいことができそう」という期待は持たれていますが、多くの場合、顧客もAIができることを理解してはいません。それゆえ、AIを使った商品の価格妥当性の判断も難しいことが多いです。そこで、AI提供企業は、PoC(Proof of Concept)やPoV(Proof of Value)といった実験を通して、価値を確認していく作業をしていますが、多くの場合はPoCで終わってしまい、価値を確認するPoVにまで到達できずにいます。
バリュー価格設定
バリュー価格設定は、お得感のある価格で提供することで、顧客ロイヤルティを獲得する方法です。お得感は高品質にもかかわらず低価格だった場合に感じ、低品質・低価格ではお得感は感じられません。
特に有名なのが、ウォルマートが始めたエブリデイ・ロー・プライシングです。これは、一時的な値引き販売をほとんど行わず、常に低価格で販売する方法です。日本では、ニトリがこの戦略を採用しています。反対に、日頃の価格は基本的に高めに設定し、販売プロモーションのために一時的に低価格にする手法は、ハイ・ロー・プライシングと呼ばれます。
他の方法としては、確立されたブランド製品の廉価版を販売する方法があります。例えば、高級アパレルブランドのカジュアルラインとか、ファーストフードのセット商品などがあります。
また、今や一般に認知されている航空業界のLCCを発明したサウスウエスト航空は、あらゆる手法でローコストオペレーションを徹底し、経営効率を高め、既存航空会社の下限価格を下回る価格で航空券を販売しました。その価格が長距離バスの価格と大差がなかったため、乗客の流入を促進させ、市場拡大に成功しています。
競合他社ベースの価格戦略
競合他社ベースの価格設定については、テキストにも詳しく書かれていません。しかし、購買意思決定のPICBERモデルでも述べたように、消費者は他社製品との比較を行います。そのため、競合他社の存在は価格設定に影響を及ぼします。
競合他社ベースの価格設定は、まず自社の競争地位によって戦略が異なります。
競争地位 | マーケティング目標 | 価格戦略 |
---|---|---|
リーダー | シェア・利益・ブランドを維持するため、価格競争を好まない | 価格維持 |
チャレンジャー | リーダーとの明確な差別化によるシェア拡大を狙い、価格競争を仕掛ける | リーダーよりもやや低めの価格設定 |
フォローワー | コストを抑え、価格に敏感な層を狙い、価格競争を仕掛ける | 低価格設定 |
ニッチャー | 限定されたターゲットに対して利益とイメージの確保を狙い、価格競争をしない | やや高めの価格設定 |
同程度の競争地位にある競合他社に対する価格設定の基本的な考え方は、下記のようにシンプルです。
- 自社製品が競合製品よりも優れていれば、競合製品よりも高い価格を設定する
- 自社製品が競合製品よりも劣っていれば、競合製品よりも低い価格を設定する
しかしながら、競合製品よりも高い価格設定をする場合、優れているポイントを消費者基準から見定め、その上乗せ価格を決め、優れているポイントを消費者に知覚してもらうためのマーケティング・コミュニケーションが必要になります。逆に、競合製品よりも低い価格設定をする場合、競合他社がその価格に反応し、価格変更してくる可能性があることに注意しておく必要があります。
また、自社が競合と考えている製品と、消費者が比較する代替製品は、必ずしも一致しない点にも注意が必要です。例えば、牛丼チェーンであれば、企業側は同じ牛丼チェーンを競合他社と考えるかもしれませんが、消費者は牛丼とラーメンを比較するかもしれません。そのため、消費者がいかなる価値を求めているかという観点が必要になります。
コスト・ベースの価格戦略
コスト・ベースの価格設定は、製品の開発や製造に要したコストを計算し、そのコストに目標利益を上乗せした金額を価格として設定する方法です。ただし、顧客の知覚価値を無視しているため、消費者に高すぎると判断されると、売り上げを落とすか利益を減らすしかなくなるリスクの高い方法でもあります。
テキストでは、コスト・プラス法(マークアップ法)と損益分岐点による価格設定(ターゲットリターン価格設定)が紹介されています。
コスト・プラス法
コスト・プラス法は、製品のコストに一定の利益を上乗せする価格設定方法です。下図のように、製品一つ当たりのコストと、事前に決められた利益率(例:20%)から価格を決定します。
コスト・プラス法の特徴は、顧客の需要と競合他社の価格を無視している点です。そのため、市場に受け入れられないリスクが高い方法でもあります。とはいえ、この方法には次のようなメリットもあります。
- 販売者は、価格設定を単純化できる
- 業界全体がこの方法であれば、似たような価格に落ち着き、価格競争が起きにくい
- 販売者にも購買者にとっても、この方法は公正だと感じられやすい
ただし、この方法を採用すると、次のようなデメリットも発生する可能性があります。
- コストが増えると利益が増えるため、コストダウンの意味がない
- 購買者にとっての公正性が失われるため、利益率を増やしにくい
販売価格を維持したままコストダウンを行い利益率を増やしたとしても、顧客からはコストが減った分の価格引き下げを要求されます。結果として、企業努力でコストダウンしても販売価格と利益が下がる羽目になり、努力が報われないためコストダウンする意欲がなくなっていくことでしょう。
つまり、コスト・プラス法は、シンプルで納得されやすいというメリットがありますが、利益率の拡大はやりにくい方法と言えそうです。
しかしながら、コスト・プラス法は製造業ではよく採用されているのではないでしょうか?
損益分岐点による価格設定
損益分岐点による価格設定は、総コストと目標利益を設定し、目標利益を達成する販売数を計算して、価格を決定する方法です。コスト・プラス法では製品1つ当たりの利益を考えましたが、この方法では製品販売全体の利益を考えるところが異なります。目標利益を設定するため、ターゲットリターン法とも呼ばれます。
この方法では、総コストの変動費の計算に販売数が必要になります。しかし、目標利益を達成するための販売数は容易には分からないため、損益分岐点のグラフ(上図右)を使用します。上図の例で言うと、目標利益を達成するには5万台の販売数が必要と分かります。同時に総売上も決まるので、総売上を販売数で割ることで価格が決定できます。
ただし、ここで割り出した販売数が本当に売れるのかどうかは分かりません。価格と販売数の関係は、需要曲線を使った価格弾力性を確認する必要があります。もし、価格に対して販売数が多すぎた場合には、価格を下げて上図の総売上線(オレンジ線)を水平に近づけ、損益分岐点を確認します。このとき、販売数が損益分岐点を下回るようであれば、販売は中止したほうが良いでしょう。逆に、価格に対して販売数が少なすぎる場合には、価格を上げて、目標利益を達成できる販売数を減らすことができます。
また、固定費や変動費を下げると、上図の損益分岐点が左下に下がっていき、より利益を出し安くなることが分かります。そうすると、目標利益を達成する販売数も減少し、より達成しやすくなることでしょう。
市場浸透価格戦略
市場浸透価格設定は、あえて原価割れするような低価格を設定して、市場シェアを急拡大させる価格設定です。一時的に赤字になったとしても、市場シェアを獲得すれば、コスト優位性を発揮し利益を獲得できることが予想されるため、この方法が採用されます。
そのため、この価格設定を採用するには、いくつか条件があります。
- 低価格に反応する市場をターゲットにしていること
- 低価格によって市場成長が期待できること(弾力的市場であること)
- 大量生産によってコスト優位に立てること(規模の経済性が効くこと)
- 低価格によって他社を牽制できること
これに加えて、近年では、外部ネットワーク効果を迅速に有効化するためにも、採用されていると思います。
外部ネットワーク効果とは、電話のような利用者が増えるほど利用価値が増えていく製品で、利用者が別の利用者を呼び込む効果です。この効果が有効な場合、一定の利用者数に到達すると、利用者数が急拡大していく現象が見られます。この急拡大する一定の利用者数に早く到達したい場合、市場浸透価格を設定する必要があります。
まとめ
この記事では、価格設定の大方針となる5つ価格戦略を紹介しました。
上澄み吸収価格戦略 | 富裕層をターゲットにした価格設定、超高利益率、販売数は少ない |
顧客価値ベースの価格戦略 | 顧客の知覚価値に応じた価格設定、高利益率、知覚価値の見定めが難しい |
競合他社ベースの価格戦略 | 競合製品の価格を基準にした価格設定、中利益率、価格競争が始まる可能性が高い |
コスト・ベースの価格戦略 | 自社のコストを基準にした価格設定、低利益率、公正性を感じやすい |
市場浸透価格戦略 | 原価を度外視した価格設定、一時的赤字覚悟、将来の利益獲得が目的 |
これらは、一度始めてしまうと顧客の認知ができてしまい、変更しづらいと思います。
変更の方法として、別ブランドを立てたり、地域によって価格差をつけたりといった方法がありますが、これらは大方針を踏まえて実施されるので、戦術レベルと考えています。
次回は、その戦術レベルの記事を書きたいと思います。