因果性の哲学⑧|因果性による知識と理解の違い

こんにちは。やまもとです。

因果性」(ダグラス・クタッチ2019)がほぼ読み終わったので、因果性についてまとめておこうと思います。

背景:因果性を調べる理由

もともと、研究部門のマネジメントを考えるために、野中先生のSECIモデルを参考に「知」をどう扱うかを考えていました(参考:経営における血の重要性 @ note )。

その後、そもそも「知とは何か?」を調べるため、データを知に昇華する階層構造としてDIKWピラミッドを調べました。そこから、DIKWピラミッドにはもう1つ「理解」という段階があるという説があることを知りました。(参考:情報と知識の違いとは?@ note)

そこで、「理解とは何か?」を調べるために、アリストテレスの「形而上学」を調べました。アリストテレスによると、「理解」とは「『原因はこれである』という信念」のことで、その信念になりうる原因は、質料因・作用因・目的因・形相因の4つに分類されました。(参考:「理解する」とはどういうことか?@note)

しかし、分類はできたものの、「なぜ、原因と結果が結びつくと思うのか」がよくわかりませんでした。

そこで、「原因と結果の結びつき」すなわち「因果性」を調べることにしました。

調査結果:因果性による理解の確信

哲学の因果性

哲学における因果理論は、「因果性とは何か?」あるいは「因果性を特定する条件は何か?」という問いに対して、因果性とは別の概念を用いて答えを出そうとしていました。その際、別の概念として使われていたのが、「根本的な実在に関する完全な理論」を思わせる史上有数の物理学理論でした。

因果プロセス説では基礎的な物理学理論(古典力学)に基づいていたため、「最小の構成要素と構成要素間の相互作用さえ定義できれば、あとはそれを組み合わせるだけである」という要素還元主義的な考え方が強いように思いました。

一方、決定性説では、古典物理学の決定性を参考にして、完全な原因〈結果を決める条件全体〉部分的原因〈その中の不可欠な条件(INUS条件)〉を分けて考えることにしました。このとき、完全な原因は「条件をANDで連結した文(連言)」とし、複数の完全な原因は「完全な原因をORで連結した文(選言)」で表されました。見方を変えると、選言とは結果に至る原因を複数の完全な原因に要素分解したもの、連言とは完全な原因を条件へ要素分解したものと考えることができます。そのため、やはり決定性説も要素還元主義的な考え方が根底に存在していると言えるでしょう。

ところが、当の物理学でも、相転移を扱うような物性物理学では「構成要素と相互作用は同じなのに、マクロな現象が全く違う」ということが起こります。例えば、いわゆる超伝導や超流動といったマクロ現象は、ミクロに見たら電子と電子の相互作用にすぎません。そのため、物理学としては要素還元主義にも限界があると認識しているのではないでしょうか。

理解化のための因果性

一方で、調べたいのは「話を聞いて『理解した』と信じる要因は何か?」または「『因果性がある』と人が信じる要因は何か?」という問いでした。

この「理解できる」という特長を持っていた因果理論は、因果メカニズム説でした。因果メカニズム説は、「原因と結果の間のブラックボックスを、下位レベル要素と相互作用によるメカニズムとして説明する」ことで、アリストテレスの言う「質料因」と「作用因」を示すことに相当しています。しかし、メカニズムを示しただけだと「理解はできるけど、納得はできない」状態、いわゆる「腹落ち」していない状態になる人もいることでしょう。これは、物理学で言えば「理論は構築できたけれど、実験で確かめられていない」状況に近く、ここで必要なのは「検証」です。

実は、この「検証」には、反事実による対比が有効だろうと思います。因果性の定義としての反事実条件説はイマイチでしたが、この説によって明らかになった「反事実的差異形成」という因果性の本質の1つは重要でした。反事実的差異形成とは、事実〈もし原因cが起きれば、結果eが生じる〉と反事実〈もし原因cが起きなければ、結果eは生じない〉を対比することで、出来事cが原因の場合は結果eに差異が形成される、ということです。これは、一種の検証です。見方を変えると、この検証によって「理解が正しい」という信念を形成していると考えられます。

メカニズムと反事実的差異形成を内包し、確率上昇説の「程度を扱える」特徴を取り入れたのが、介入主義と因果モデル構築論でした。因果モデルを表す構造方程式では、変数間の因果関係は科学実践(実験など)によって確かめられていなければなりませんでした。しかし、あらゆる物事を科学的に証明しておくことなど、現実的には不可能です。そのため、他者に説明する場合には、常識として共通した下位レベルの因果性を用いることになるでしょう。

そして、この点〈因果性の説明に因果性が必要になる〉が、因果メカニズム説と反事実的条件説の共通の弱点でした。そのため、これら2つの理論で「因果性を定義する」のは無理がありました。しかしながら、因果性を利用して「理解したという確信を得る」目的であれば、これら2つの理論は有効なのではないでしょうか。

結論:知識を理解に変えるには

DIKWピラミッドによれば、「知識」とは「体系化・構造化された情報」のことで「教えられる」のに対し、「理解」とは「評価された納得性の高い知識」のことで「論じられる」ようになったものです。

ここまでの因果性の調査から、知識を理解に変えるには次の2つを実施する必要があると考えられます。

  1. 因果メカニズム(モデル)の構築
  2. 反事実的対比による検証

「因果メカニズム」が構築できると、メカニズムに沿って「論じる」ことができるようになります。また、「反事実的対比」によって「評価される」ことで、モデルの納得性が高まります。すなわち、これらを実施することで、理解層の条件を満たすことができます。

結論として、DIKWピラミッドの知識層から理解層に進むには、情報の体系化・構造化をした後、因果メカニズムの構築と反事実的対比による検証が必要なのではないでしょうか?

参考文献

コメントを残す