こんにちは。やまもとです。
競争戦略においてまず市場シェアの独占を目指すのは定石ですが、そのエビデンスを調べたことはありませんでした。
マーケティング検定の公式問題集&解説に、そのエビデンスとなる研究PIMSプロジェクトの話が出ていたので記録しておこうと思います。
PIMSとはProfit Impact of Market Strategiesの略で、「市場戦略が収益にどのような影響を与えるか」を研究したプロジェクトです。
Wikipediaによると、PIMSプロジェクトの主な結果は、次の3点だそうです。
- 投資意図は、ROI/ROSと負の相関がある
- 相対市場シェアは、ROI/ROSと正の相関がある
- 相対製品品質は、ROI/ROSと正の相関がある
この中で、公式問題集&解説では、相対市場シェアについて解説されています。
目次
PIMSプロジェクトとは
時代背景
1960年代後半から1970年代にかけて、高度成長期を経験したアメリカでは多くの産業が成熟期を迎えていました。
産業が成熟期に差し掛かったときの企業経営の課題の一つは、経営資源を複数の事業にどう配分すれば良いかという問題です。
全ての事業に均等に資源配分するよりも、成長する事業と成長しない事業、収益をあげられる事業と収益をあげられない事業を峻別して配分する必要があります。
しかし、それをどう峻別したら良いのか、当時は分かりませんでした。
この時代、ジェネラル・エレクトリック(GE)社も200以上の製品事業を展開していました。その中には、成長事業も多数あり、それらへの投資が膨らむ一方、それを賄える資金の確保に頭を抱えていました。そこで、GE社は、事業間でのバランスの取れた資金配分を行う枠組みを作るために、社内プロジェクトを始めました。
1972年、この社内プロジェクトがハーバード大学マーケティングサイエンス研究所に移管され、他の企業を巻き込み、PIMSプロジェクトとなりました。
現在は、PIMS(R) Associatesにて、継続的に調査が行われています。
目的
PIMSプロジェクトの根底にある思想は、”「事業戦略を策定する前に、どういう手を打てば、どのくらいの結果が得られるのか」を前もって予測すること”でした。
これを調べるために、PIMSプロジェクトの目的は、下記のような問いに示唆を与えることでした。
・事業によって投資収益率(ROI)などの業績が異なる。この違いを生み出す要因は何か?
河野安彦「マーケティング検定2級試験 公式問題集&解説 上巻」日本マーケティング協会(2020)
・ある市場である戦略を採用した場合、平均してどのくらいの業績が得られるか?
・戦略を変更することで、投資収益率(ROI)などの業績はどのように変化するか?
このために、財務データや経営者やスタッフの認知データなど多種多様な事業データを集め、分析されました。
重要な結果
分析の結果、戦略と利益率の間に多くの関係が発見されたが、資源配分問題にインパクトを与えたのは下記でした。
・相対市場シェアが高くなると、投資収益率とキャッシュフローのいずれもが増加する
河野安彦「マーケティング検定2級試験 公式問題集&解説 上巻」日本マーケティング協会(2020)
・事業間で市場シェアが10ポイント異なると、利益率(税引前)は平均5ポイント異なる
この結果の最も重要な点は、産業に依存しない普遍性を持っているという点です。
つまり、「市場シェアを高めると、利益率が向上する」という法則が、製造業だろうがサービス業でもどんな産業でも成り立つことが分かりました。
市場シェアが利益率を高める理由
「市場シェアが高まれば、売上高が向上する」のは当然ですが、「利益率が向上する」のは何故でしょうか?
言い換えると、「売上高が向上しつつ、コストが下がっている」のは何故でしょうか?
MBAではお馴染みですが、コストダウンは「規模の経済性」と「経験効果」によるものですね。
書籍では、次のようにまとめられています。
市場独占の効果
市場を独占すると、その企業は価格決定権を持ち、自社の利益を確保するようにある程度思い通りに価格をコントロールできるようになります。
独占までいかないとしても、市場シェアが拡大するほど、価格をコントロールして収益率の最大化を狙うことができるようになります。
また、市場シェアが大きいと、卸売業者や小売業者に対して、交渉力が強まります。
そのため、卸売業者や小売業者に、自社に有利な価格設定を要求することができ、高い収益を生み出すことが可能になります。
例えば、「メーカー希望価格」というのは、メーカーの交渉力が強い故に可能な価格設定でもあります。
マーケティング効果
市場シェアが大きいと、顧客に「企業としての存在感」を与えることができます。
例えば、Uber Eatsの配達員が背負っている「Uber Eats」と書かれた箱を街中で目にすると、それを見た人の脳内に「Uber Eatsというサービスがよく使われている」という記憶ができます。これが、認知効果です。これに対して、昔からある「出前」はUber Eatsと同じサービスですが、岡持には店名は書かれてないことが多く、認知効果は期待できません。
また、コンビニエンスストアやドラッグストアでは、商品が所狭しと並べられ、消費者の目につきやすい棚の争奪戦が行われています。これは、逆に言うと、目につきやすい棚に置かれた商品は、消費者に「一番売れている」「誰もが使っている」という評価を暗黙のうちに伝えることになります。これを、評価効果と呼びます。
最後に、市場シェアがトップという事実は、より他者から信用されていることを顧客に暗黙的に伝えます。信用が高い故に、顧客から選ばれる可能性も高まり、期待や要望が集まりやすくなります。これを、信用効果と呼びます。
規模の経済性
「規模の経済性」は、よく知られている通り、製品・サービスの単品の固定コスト比率が規模の拡大によって減っていくことです。
そのため、市場シェアが大きくなるほど、商品あたりのコストが減っていき、収益率の向上に寄与します。
なぜ、そのような現象が起こるのでしょうか?
設備の大規模化
設備の大規模化が規模の経済性に有効なのは、基本的に小規模な設備よりも生産効率が高いからです。生産能力あたりに換算すると、大規模化した方が建設コストや操業コストが低下することが多いです。
例えば、少品種大量生産の製造業には単位時間あたりにどれだけの量を製造できるか、物流業であれば単位時間あたりにどれだけの量の荷物を配達できるか、経理業務であれば単位時間にどれだけの量を仕分けできるか、といった効率性は大規模な工場・物流センター・経理システムを導入した方が高まります。
間接負担費の低減
また、規模の経済性は、販売間接費・広告費・研究開発費といった間接負担費の、商品あたりのコスト比率を低下させます。
例えば、年間10万個の製品を売るリーダー企業と年間2万個の製品を売るチャレンジャー企業が、販売促進のために同額の広告費100万円を使ったとすると、リーダー企業は製品あたりの広告コストが10円なのに対し、チャレンジャー企業は製品あたり50円とリーダー企業の5倍の広告コストがかかることになります。コストが広告費だけだとすれば、リーダー企業は単品価格を40円に設定できますが、チャレンジャー企業は設定できません。
調達コストの低下
最後に、市場シェアが高い場合、原材料や設備の調達も大量・大規模になりやすく、ボリューム・ディスカウントにより調達コストが低下しやすくなります。
これは、自社が大量購入や高額設備購入をする場合、供給業者の売上高に占める自社の割合が増え、供給業者は自社への依存度が高くなり、交渉力が低下して自社の要求を飲まざるを得なくなるためです。
経験効果
経験効果とは、”経験を積み重ねると効率的に仕事を行うことができるようになる”という効果です。
市場シェアが高いと、より多くの製品・サービスを生産し、販売する経験を積み重ねるため、経験効果が効いてきます。
経験効果の定式化
この点に関して、BCGの調査で重要な2つの発見がありました。
・「事業の経験」という抽象的な事柄を「累積生産量」という指標で測定できる
河野安彦「マーケティング検定2級試験 公式問題集&解説 上巻」日本マーケティング協会(2020)
・累積生産量が倍加するごとに、単位あたりのコストが低下する
これによると、経験効果は、累積生産量nに対して、単位あたりのコストCnは次のように定式化されています。
ここで、αはコスト弾力性パラメータです。このパラメータ次第で変わりますが、だいたい累積生産量が2倍になると、単位あたりコストは10~30%低下するとされています。
経験効果が起こる理由
実際に経験効果が効いてくるのは、いくつかの理由に依ります。
- 経験による習熟
- 特定の業務を繰り返し、経験を積み重ねによる習熟が理由です。
- 業務を行うスタッフの反応速度が上がったり、いちいちマニュアルを確認しなくても業務を行えるようになるため、業務効率が上昇してきます。
- 効率的な方法の発見
- 経験を重ねることで、より効率的な工程や設備、あるいは効率的な操作方法を思いつくことです。
- これにより、工程や設備の改善が行われると、業務効率が上がっていきます。
- 利用資源の効率化
- 資源をより効率化していくことです。
- 経験を積み重ねることで、製品・サービスの理解が進み、よりコストを抑えた原材料に変更したり、作業が標準化してアルバイトに作業を任せることができるようになるため、費用を抑えることができるようになります。
- 設計変更
- 経験を重ねることで、製品・サービスの設計自体を見直しできるようになることです。
- これにより、低コストな設計にしたり、効率的な生産工程への設計変更が可能になり、コストが低下します。
気づきとまとめ
市場シェアの拡大が、競争戦略の中で最重要な戦略であることは知っていましたが、それがPIMSプロジェクトという研究成果によって示されていたことは知りませんでした。
しかも、利益率と相関のあった「相対市場シェア」は、PPMマトリックスの横軸ですよね。PPMマトリックスの横軸に「相対市場シェア」が選択された理由は、PIMSプロジェクトの研究結果に基づいていたと気付かされました。
また、規模の経済性や経験効果、市場独占効果、マーケティング効果は、市場シェア拡大する理由としてMBAでも学びますが、今回改めて整理できました。
しかし、経験効果に基づくと、組織改変や転属・異動、プロジェクトごとにチームを作るのは、マイナスの効果になりますね。