こんにちは。やまもとです。
昔、ジェフリー・ムーアの「キャズム2」を読んだときに、「なるほど、死の谷ってこういう理由でできるのか」ととても納得しました。実際には、キャズム=死の谷ではないのかも知れませんが、IT系の企業に勤めていて新事業を作ろうとしても死屍累々な状況を見ていたので、キャズムが市場の特性によって必然的に生まれてしまうというのはとても新鮮だった覚えがあります。そのため、「市場の特性を理解し、作戦を持って取り組まないと、まずうまくいなかないなぁ」と、この本を読んで思ったのでした。
しかし、だいぶ記憶も薄れてきているので、いつでも振り返りができるように、キャズムの話をまとめておこうと思います。
目次
キャズムとは
キャズムとは、ジェフリー・ムーアが提唱するテクノロジー・ライフサイクルの中で、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間にある大きな断絶のことです。他にも小さな断絶があり、これはクラックと呼ばれています。
テクノロジー・ライフサイクルの定義は、ジェフリー・ムーア自身が次のように書いています。
このモデルは、新たなテクノロジーに基づく製品が市場に受け入れられていくプロセスを、製品ライフサイクルの進行に伴って顧客層がどのように変遷するかという観点から捉えたものである。
ジェフリー・ムーア「キャズムver.2」翔泳社(2014)
このモデルは、正規分布の形をしていて、アーリーマジョリティとレイトマジョリティが±1σ、アーリーアダプターとラガードが±2σで落ち込んでいるとしたものです。イノベーターは-3σから落ち込んでいる部分です。これらの区分は、新たなテクノロジーに基づく不連続なイノベーションに対して示す固有の反応が明確に異なる顧客グループを示しています。
テクノロジー・ライフサイクルは、「テクノロジーというものは、購買者の特性並びに社会的に置かれている状況を反映したいくつかの段階を経て市場に受け入れられていく」という考え方を示しています。
顧客グループの特徴
イノベーター(テクノロジー・マニア)
イノベーターは、新しいテクノロジーに強い関心を持ち、誰よりも早く新しいテクノロジーを知りたいと思っている人たちです。新しいテクノロジーを試すためなら、製品が自分の役に立つかどうかは関係ありません。そのため、テクノロジー・マニアとも呼ばれます。
テクノロジーそのものの価値がわかる
テクノロジー・マニアは、新しいテクノロジーに強い関心があるため、製品が役立つかどうかは二の次にします。それよりも、誰よりも早く製品を入手し、仕様書や製品の分解を通してアーキテクチャを理解しようとします。そして、既存の製品に比べて何が優れているのかを評価し、場合によってはその評価を発信していきます。
そのため、ハイテク・マーケティングにおいては、イノベータは、最初に支持を取り付けるべき相手になります。
ベンダーへの要求が少ない
テクノロジー・マニアは、新しいテクノロジーへの強い関心から、多少の問題は受け入れてしまいます。製品の不具合が自分で修理し、膨大な説明資料でも読み解き、手順が複雑でも、性能が悪くても、全て自分で解決策を見出します。むしろ、こうして発見した解決策を発信して行きます。
ただし、技術的に理解できないことがあると、ベンダー技術者に直接連絡をとって解決しようとします。そこで、事実を隠したり誤魔化したりすると、彼らから一気にそっぽを向かれることになります。
新製品を真っ先に手に入れたがる
テクノロジー・マニアは、新しいテクノロジーを真っ先に知りたいため、誰よりも早く新製品を手に入れようとします。
製品開発の初期段階で、未公開情報の開示をすることを伝えた上で、フィードバックをくれるモニターを数人募集したとします。このような誰よりも真っ先に新しいテクノロジーを知れる機会があると、テクノロジー・マニアは飛びついてくることでしょう。また、彼らは、クチコミで宣伝してくれるサポーターにもなります。
新製品をできるだけやすく買おうとする
テクノロジー・マニアは、そもそも予算が少ないため、自費で購入する場合はできるだけ価格を抑えようとし、自費でない場合は価格は関心ごとではなくなります。
むしろ、彼らは、新しいテクノロジーは無料か原価で入手できるべきと考えており、「付加価値」にはなんの意味も見出しません。このようなテクノロジー・マニアが、寄ってたかって開発しているオープンソース・ソフトウェアが、無料で入手できることが良い例だと思います。
アーリー・アダプター(ビジョナリー)
アーリー・アダプターはかなり早い時期に新製品を購入しますが、技術志向ではない点でイノベーターとは異なります。
ビジョナリーは、類まれな資質を持つ顧客グループです。彼らは、全く新しいテクノロジーが自社の企業戦略に合うものかを洞察する能力を有し、その洞察を自らリスクを負ってプロジェクトへと移し、会社全体がそのプロジェクトを支援するように持っていけるカリスマ性を備えています。いち早く新しいテクノロジーを採用するため、アーリー・アダプターでもあります。
技術ではなく「夢」の実現を求める
ビジョナリーは、ビジネスを成功させるという「夢」を実現することに強い関心があります。そのため、テクノロジーを利用することはありますが、テクノロジーそのものを追求することには多くの場合関心がありません。しかし、そのビジョナリーについていき、成功に至った暁には、テクノロジーも飛躍的な進歩を遂げている可能性があります。同時に、ビジョナリー個人が脚光を浴び、資金が潤沢になることで、ベンダーも大きな対価を得ることになります。そのためには、ベンダーは、ビジョナリーの「夢」を十分に理解することが必要です。
改善ではなくブレークスルーを求める
ビジョナリーは、新しいテクノロジーへの先行投資がこれまでとは「桁違い」の成果につながると判断すると、その大きな夢を実現するために大きなリスクもとっていきます。そのため、生まれたばかりで整備も行き届いていない無名の製品であっても、ビジョナリーの夢に合致すれば大規模な顧客を得ることがあります。反対に、新しいテクノロジーが「ちょっとした」改善にとどまる程度では、ビジョナリーにとっては先行投資の意味がありません。これは、彼らは、自身が異端児であることを承知の上で、競合他社を出し抜く必要があるためです。
価格に寛容である
ビジョナリーは、新しいテクノロジーの可能性を見抜く目を持っているため、品質に対して価格が高くても購入することがあります。加えて、ビジョナリーは戦略的投資予算を持っていることが多いため、小規模なベンダーにとっては重要な資金源となります。
先行事例として紹介されるのを好む
ビジョナリーは外向的で野心家であることが多いため、先行事例として紹介されることを歓迎します。その結果、メディアから注目を集め、テクノロジーの進歩を世の中に知らしめる役割を担うことが多くなります。これにより、成長途上のベンダーにとっては、その認知度が上がり、新規顧客の開拓がしやすくなります。
要求が過剰になりがち
ビジョナリーは、チャンスが存在しているうちに「夢」を実現するために、あれもこれもとベンダーに要求してしまいます。また、人類未踏の地へ向かうのに役立つかどうか見極めるため、完成品の購買よりもパイロット・プロジェクトからスタートします。すると、ビジョナリーは、プロジェクトに参加したベンダーに多くの要求と期日厳守を求めることになります。ベンダー側の立場としては、とても全ての要求には応えることができないという状況になってしまいます。その結果、ビジョナリーは要求が満たされず不満になるか、ベンダーは無理な要求をしてくるビジョナリーに対して不満を感じ、双方が満足いく結果にはなりません。プロジェクトを成功させるには、ビジョナリーの期待をベンダーがいかにコントロールするかがとても重要になります。
アーリー・マジョリティ(実利主義者)
ハイテク製品市場において圧倒的多数を占めるアーリー・マジョリティは、用心深く、最新のテクノロジーは得てして失敗することを知っている実利主義者です。
また、実利主義者はビジョナリーのように注意を引こうとしないため、表立ってメディアなどには登場しないため、その特徴が掴みにくいです。
長期利用を前提に考えている
ビジョナリーが偉業を成し遂げるまでの短期的な利用を前提としているのに対し、実利主義者は全社導入など行うなど長期的な利用を前提として考えています。
長期利用を前提としているため、実利主義者は、テクノロジー製品が大規模で長期的な運用ができるのか、ベンダーから信頼性のあるサポートが得られるのか、そもそもベンダーが5年後10年後まで存続できるのか、といったことを気にかけます。(参考:B2Bのブランド・エクイティ)
一旦、製品が導入されると長期利用されるため、ベンダーには安定的な資金源となります。また、全社導入が行われると、販売量が増え、規模の経済性により単位あたりのコストが急減します。つまり、売上が増えコストが減るため、ベンダーにとっては安定的に利益確保することが可能になって来ます。
石橋を叩いて渡る
実利主義者にとって、チャンスはなんの意味も持たず、リスクは時間と費用の浪費でしかありません。
リスクを最小限にするために、測定された成果の証拠を求め、他社の事例を知りたがります。どうしても必要な製品でも、リスク管理の万全の体制を敷いた上でないと導入することはありません。そのため、新製品をすぐに導入することはなく、導入リスクを下げるための行動が多くなります。
業界内で情報交換をしている
テクノロジー・マニアやビジョナリーが業界を超えて気の合った者同士で交流しているのに対し、実利主義者は業界内の同業者と交流しています。例えば、テクノロジー・マニアが関心のあるテクノロジーのコミュニティで活動していたり、ビジョナリーがメディアに登場して他業界と関わりを持ちますが、実利主義者は同業者が集まるセミナーやイベントなどに主に参加しています。これは、同業者からベンダーの導入事例や評価を聞いて、リスクを下げようという一環でもあります。
購買チャネルを絞りたがる
もし、複数のベンダーからテクノロジー製品を購入していると、トラブルの解決のために製品ベンダーごとに解決を依頼しなくてはなりません。実利主義者は、このような手間をかけないため、多少高価であっても1つのベンダーから複数の製品を買おうとします。例えば、マイクロソフト社の製品群をそれぞれ別のベンダーから調達すると、各ベンダーにトラブル解決依頼をする羽目になりますが、マイクロソフト社1社と契約すればトラブルが起きても同社の営業に依頼するだけで済みます。実利主義者にとっては、後者の方が理にかなっているため、調達先を絞ろうとします。
買って当然の理由が欲しい
実利主義者は、「発注して当然のベンダー」であることを確認するために、名の知られたベンダーの製品を購入しようとします。なぜなら、誤った製品を導入してしまった場合、後に別の製品に切り替えるコストが必要になるというリスクがあるためです。そこには、「導入実績が多いベンダーであれば、誤った製品を導入してしまうリスクが小さい」という考えがあります。
あるいは、実利主義者は「買って当然の製品」を見極めるために、ベンダー同士を競争させることがあります。新しいテクノロジー製品では、名の知られたベンダーが確立していないため、こちらの場合が多いかもしれません。そこには、要件の充足度や差別化要因を見極めるために事前に代替案を比較しておき、導入を誤らないようにしたいという考えがあります。
レイト・マジョリティー(保守派)
アーリー・マジョリティと同様に圧倒的多数が存在するレイト・マジョリティーは、イノベーションを受け入れず、これまでの慣習を守りたい人々です。
アーリー・マジョリティは新しいテクノロジーを自分で評価する自信がありますが、レイト・マジョリティはその自信がなく、購入を決断した後でも不安を感じてしまいます。そのため、新しいテクノロジーに関心が薄く、周囲の人々が使い始め、業界標準になった頃にようやく使い始めます。
今のままで十分と考えている
保守派は、自分たちにとって役立つものであれば、周りの者が変えてもずっと使い続けます。そのことに特に問題を感じていないため、実利主義者がいくら呼びかけても聞こうとしません。しかし、製品の斬新さがなくなった頃、世の中に取り残されないために渋々新しい製品を購入し始めます。その場合も、ベンダーに言いくるめられないように用心してかかることが多いです。
業界標準を待ち続ける
保守派は、業界標準が確立されるのをひたすら待ち続け、手厚いサポートを含むパッケージを大企業から安価で購入したがります。これは、保守派の人々がハイテク製品におよび腰なためで、購入を決めた後でも自分で使うことに抵抗を覚えます。
シンプルな製品を好む
保守派が使用に抵抗を感じるのは、一般にコンピュータのようなハイテク製品が複雑で難しいと感じているからです。「あれもこれもできる」製品は、保守派の人々にとって「何をしたらいいのか分からない」製品になってしまいます。そのため、使い方が簡単に理解できること、機能がシンプルであることを求めます。例えば、冷蔵庫のような単機能製品です。
キャズムが生まれる理由
上記のように、テクノロジー・ライフサイクルを構成する顧客グループは志向性が全く異なります。これは、顧客グループごとに全く異なるマーケティング戦略が必要になることを示しています。すなわち、技術に関心があるテクノロジー・マニアと夢の実現に関心があるビジョナリーではマーケティング施策を変える必要があり、同じくビジョナリーとリスクに関心がある実利主義者、実利主義者とテクノロジーにおよび腰な保守派でもマーケティングの戦略そのものを変える必要があります。つまり、新しいテクノロジー製品を成長させていくには、いつまでも同じマーケティング戦略をしていてはいけないということです。
先行事例問題
新たな顧客グループに移行するときの最大の障害は、「先行事例として紹介できる顧客が移行先の顧客グループの中にいない」(先行事例問題)ということです。ただし、ビジョナリーはテクノロジー・マニアにいつも意見を求める傾向がありますし、保守派は不安を払拭するために似たような傾向を持つ実利主義者を参考にする傾向があるため、イノベーターからアーリー・アダプターの移行とアーリー・マジョリティからレイト・マジョリティへの移行では、現在の顧客グループの先行事例がある程度有効に働きます。しかし、アーリー・アダプターからアーリー・マジョリティへの移行では、アーリー・アダプターの先行事例が全く役に立ちません。
先行事例のジレンマ
ビジョナリーにとって、新しいテクノロジーの可能性を誰よりも早く発見し、それを自社の競争優位性につなげることに意味があります。そのため、同業者の多くがすでに使っており、十分にテストされた製品を購入しようとは思いません。もし同業者の先行事例があれば、むしろ新規性がないと考えてそのテクノロジーを敬遠するかもしれません。
反対に、実利主義者は、リスクを最小限に抑えるために、同業者の先行事例をたくさん必要とします。しかし、同じ業界にはビジョナリーは大抵1〜2人しかおらず、実利主義者が求める先行事例の数には到底及びません。そのため、「多くの先行事例を求める実利主義者に買ってもらうには、実利主義者の先行事例がたくさん必要になる」というジレンマ(先行事例のジレンマ)が発生します。
先行事例の非伝搬性
ビジョナリーは、未来を体現しようという人たちです。新しい物事に興味関心をもっているため、逆に業界のありふれた話には興味を惹かれません。そのため、新テクノロジーのカンファレンスやフォーラムに顔を出し、トレンドや有望な商品の探索をしたりしていますが、業界内のテーマに関するイベントにはあまり参加しません。
反対に、実利主義者は、現実を直視するタイプで、未来的なものにはあまり関心を示しません。そのため、業界に関するコンペティションに参加することが多く、その中で同業者と情報交換をしています。
つまり、実利主義者にはビジョナリーからの情報が入ることが稀で、ビジョナリーの先行事例が実利主義者に自然に伝わることはほとんどありません。
先行事例の無意味性
ビジョナリーは、自ら業界標準を打ち立てようとする人たちです。なぜなら、ビジョナリーにとって、誰も成し遂げていないことを実現することが重要だからです。そのため、ベンダーのサポートも、確立された手順も、サードパーティの支援も全く期待しておらず、システムを一から作ることもいといません。
実利主義者は、業界標準のもの、あるいは自らの評価によって業界標準となると確信できたもの購入しようとする人たちです。なぜなら、長期的利用を考えているため、一時的の流行のテクノロジーを避けたいからです。そのため、ベンダーサポート、確立された手順、サードパーティ支援などは事前に揃っていることを求めます。
ビジョナリーは業界慣行を破り、我が道を突き進んでいるため、実利主義者が求める事例(自社とよく似た他社でうまくいっているか)に全く当てはまりません。すなわち、ビジョナリーの先行事例は、実利主義者にとって意味がありません。
キャズムの発生原因
つまり、アーリー・アダプター(ビジョナリー)とアーリー・マジョリティ(実利主義者)の間で発生する大きな断絶(キャズム)の原因は、「先行事例のジレンマ」です。しかも、数少ないアーリー・アダプターの先行事例は、アーリー・マジョリティにはほとんど伝わらず、伝わったとしても信用されません。例えば、ビジョナリーの会社でうまくいっていたとしても、「あの会社では上手くいったかもしれないけど、うちの会社では無理だろう」と実利主義者には考えられてしまいます。
キャズムを乗り越える方法
以上から、キャズムを乗り越えるには、アーリー・マジョリティ(実利主義者)の先行事例を作ることが何よりも重要です。
しかも、実利主義者はマーケット・リーダーから購入したがるため、マーケット・リーダーになる必要があります。当然、メインストリーム市場でいきなりリーダーにはなれません。そのため、ある特定のニッチ市場で先行事例を作り、その市場を独占し、ニッチ市場のリーダーになることを目指す必要があります。これによって、実利主義者に「Aという問題なら、B社だよね」という認知を作り上げなければなりません。
いったんこの認知ができあがれば、実利主義者は業界内で情報交換をしているため、業界内にクチコミで広がっていきます。すると、販売規模が拡大し、単位コストが減少するため、資金的な余裕が生まれてきます。この余剰資金を使って、次のニッチ市場の攻略に取り掛かります。これを繰り返し、独占するニッチ市場を増やしていくことでメインストリームへ昇っていくのが基本戦略になります。
陥りがちな罠
ビジョナリーばかり受注してしまう
ビジョナリーは、そもそも数が少ないので、順調に受注したとしても3〜5件で頭打ちになり始めます。しかし、受注してしまっているため仕事はたくさんあり、社内の限られた資源が枯渇し始めます。すると、実利主義者の先行事例を作る余裕がなくなっていき、結局キャズムは超えられません。
しかも、自社が受注したことにより、他社が猛然と反撃してきます。もしくは、さらに新興のベンダーが斬新なテクノロジーを携えて、一層魅力的な商談をビジョナリーに持っていくかもしれません。ビジョナリーは、自分の夢の実現のためには手段を選ばないため、より良い製品を知ると簡単にスイッチしていきます。要するに、ビジョナリーの受注をこなすだけでは、いずれ顧客がいなくなります。
つまり、ビジョナリーが目移りする前に、実利主義者のニッチ市場を探索し、発注を受け、社内資源を集中させて、なんとしても先行事例を作らなければなりません。
規模を追求してしまう
経営者にとって、市場規模は魅力的です。社内の提案でも、規模を説明されると「意義がある」と感じてしまい、説得されてしまうでしょう。そのため、「ニッチ市場に資源を集中する」という意思決定ができなくなります。これは、根底に「売上が期待できないような分野に手間暇をかけるつもりはない」という本心があるためです。新興ベンダーなら資金繰りの問題で、大企業であれば予算達成の問題で、このような本心から抜け出せなくなります。
言い換えると、これは販売重視の戦略を立てていることになります。しかし、これはキャズムを超えるためには致命的です。大規模市場のたとえ10%のシェアを獲得できたとしても、マーケット・リーダーにはなれません。実際には、実利主義者の間で評判になることもなく、営業コストが減ることもなく、資源を使い果たし、10%ですら到達することはできません。
つまり、「ニッチ市場に絞り込む」という一見合理的ではない意思決定をしなければなりません。
データを求めてしまう
ニッチ市場では、往々にしてデータが揃っていないことがあります。そのため、データに基づく合理的な意思決定をしようとすると、ニッチ市場は除外されてしまいます。特に、調査会社が調べた市場規模のデータは信用され、引用が繰り返されるごとに信頼が増していきます。しかし、その情報は、大抵の場合、大規模市場のデータです。あるいは、ニッチ市場の情報が少ないため、少ない情報を頼りにしすぎてしまいます。
この場合、経営者は、根拠がない意思決定に不安を感じたとしても、直観を信じて決断を下す必要があります。
結局のところ、キャズムは先行事例のジレンマが原因で、それを乗り越えるにはアーリー・マジョリティの先行事例を作ることに集中すること必要と分かりました。さらに言えば、先行事例がアーリー・マジョリティの間で評判となるように、ファースト・カスタマーの満足度を徹底的に上げなければなりません。そのためには、ニッチ市場に資源を集中するという一見不合理な意思決定が必要になります。また、ニッチ市場を発見するには、徹底的なセグメンテーションを行う必要があります。
唯一の戦略は、「小さな池で大きな魚になる」というアプローチである。
ジェフリー・ムーア「キャズムver.2」翔泳社(2014)