こんにちは。やまもとです。
「経営戦略の実戦2ー企業成長の仕込み方ー」(三品和広著)がついに出版されたので、このシリーズの振り返りをしています。「経営戦略の実戦1ー高収益事業の創り方ー」については、こちらの記事に簡単にまとめました。今回は、「経営戦略の実戦3ー市場首位の目指し方ー」について、ざっくりまとめてみたいと思います。
この第3巻では、市場の「占有率」を分析しています。
これに対し、第1巻では「利益率」を、第2巻では「成長率」を分析していました。
分析対象
母集団
この書籍は、矢野経済研究所「日本マーケットシェア事典」に記載された998市場を以下の6つに分類し、逆転市場・準逆転市場・乱戦市場から一定の条件に適合した102ケースを分析対象としています。
市場分類 | 定義 | 市場数 |
---|---|---|
純独走市場 | 唯一の支配企業が占有率データの存在する全期間を支配する安定市場 | 447 |
準独走市場 | 唯一の支配企業が過半期間を支配するも全期間を支配しない安定市場 | 200 |
乱戦市場 | 全期間の過半を支配する企業が存在しない不安定市場 | 186 |
逆転市場 | 支配企業2社のあいだで交代が起きた安定市場 | 148 |
準逆転市場 | 逆転市場のうち第3の企業が交代のあいだに割って入った安定市場 | 10 |
再独走市場 | 逆転市場のうち旧支配企業が返り咲いた安定市場 | 7 |
抽出条件
下記の条件により、102ケースを分析対象としています。
- 分析期間:1975年〜2015年
- 逆転市場の148ケースのうち、疑義のなかった96ケース
- 準逆転市場のうち10年以上支配が続いた1ケース
- 乱戦市場のうち10年以上同一企業の支配が続いた5ケース
分類軸
逆転時点のライフサイクル
一般的な定義ではないものの、逆転時のライフサイクルを次のように定義して分類しています。
- 成長市場:逆転年(もしくは5年以内の直近年)にかけて過去4年で1/3以上は拡大した市場
- 衰退市場:逆転年(もしくは5年以内の直近年)にかけて過去4年で1/5以上は縮小した市場
- 成熟市場:上の定義で成長も衰退もしていない中間市場
逆転の勝因
逆転の主要な理由として、立地(ポジショニング)と構え(サプライチェーン)、およびその他の3種類に分類しています。
- 立地:誰を相手に何を売るのか
- 構え:売ると決めたものをいかに入手して売ると決めた相手に届けるのか
- その他:製品や管理(QCD)など
分析結果
書籍「経営戦略の実戦3ー市場首位の目指し方ー」に書かれた分析結果を、一言でざっくりまとめてみます。個別のケース分析は、書籍の方をご覧ください。
成長市場の狙い目
成長市場では、よく激しい首位攻防戦が行われます。全102ケースのうち、成長市場で首位攻防戦が行われたのは37ケース(36%)で、首位を奪取してよかった(クリアカットな)逆転ケースは63ケース(62%)でした。首位攻防戦が行われ、かつクリアカットな逆転劇は、27ケース(26%)でした。逆に、クリアカットな逆転劇の43%(=27/63)は、成長市場で起こっているとも言えます。
成長市場は、潜在顧客が新規顧客として大量に雪崩込んでくることで急成長するため、新規顧客を惹きつけるものが重要になります。多くの企業では「製品」による逆転を目論みますが、逆転に成功したケースの多くは「立地」か「構え」の選択が成否を分けていることが分かりました。
立地間競争
事業立地が切り口となるケースには、①隣接市場に新市場を創造する事業戦略パターン(小→大)と②総合力で後から奪い去る企業戦略パターン(大→小)があり、後者のクリアカットな成功率が高いです。しかし、②はそもそも数が少なく、絶妙な条件が揃わないと上手くいかないと考えられます。近年でいえば、①はTikTokなどの各ベンチャー企業がとっている戦略で、②はGAFAなどの大企業がとっている戦略です。
- 立地再定義:隣接する小さな新市場を支配し、首位の転落を待つ。新興市場は吟味する。
- ステルス戦略:首位には競合に見えない新市場を開拓し、支配する。
- 負けるが勝ち:占有率で負けるが収益率で勝てる市場を支配する。(ニッチ戦略)
- 立地シナジー:既存市場から進出し、大企業の総合力を利用して市場を奪う。
- 統合化戦略:防御力の低い新市場に進出し、既存市場を利用してコスト優位などを築く。
構えの再編
構えが切り口となるケースには、①自社都合で構えを変更する事業戦略パターンと、②競合が応答できないことを見越して構えを変更する競争戦略パターン(小→大)があります。どちらも、競合が実質的に追随できない点でよく似ています。そして、どちらも時機の捉えて動くことが重要になります。なお、②は、ポジションング競争戦略のエレガントが勝ち方ですが、実行できるのはしがらみのない小さな専業メーカーに限られます。
- 変化適応:外生的変化に適応し、結果的に競合が追随できない。時機読解が重要。
- 川下適応:顧客や宣伝方法を大胆に変更する
- 川上仕込:適応可能な生産方式や技術の仕込みを行っておき、時機がきたら大胆に変更する
- 競合自縛:競合を金縛り状態にして、逆転する。
- 弱点利用:競合の弱点を突く狙いで、事業の再編成を行う
- 空転自滅:競合の弱点を突くことを重視するあまり、悪手(悪い立地へ進出など)をしてしまう
世代間競争
製品開発競争に賭ける場合は、相手にカニバリゼーションを意識させるテーマやタイミングの選び方が肝要となります。これは、受けて立つ側の開発意欲を削ぎ、旧世代の専守防衛(延命)に追い込むことが狙いです。ただし、延命が成功し、本書の対象外となる逆転されなかったケースも多いことが想定され、受けて立つ側は専守防衛を選択肢から外すべきではありません。
- 旧世代の呪縛:資産の負債化(旧資産の価値が高く捨てられない)などで、次世代技術に乗り遅れる
- 医療業界:使い捨てコンタクトレンズ、新薬の開発
- 精密機械:電子化による旧資産の負債化の回避
成熟市場の攻め口
成熟市場は、PPM理論が首位攻防戦を想定していない区分です。全102ケースのうち、成熟市場の逆転劇は51ケース(50%)で、半分を占めています。また、クリアカットな逆転劇63ケースに限定しても、29ケース(46%)も存在します。PPM理論の想定とは裏腹に、成熟市場での逆転劇は意外と多いですが、これは成熟市場の定義に絶対成長率を用いたからで、PPM理論のように相対成長率を用いると成熟市場の数は減少します。
立地の取捨選択
成熟市場では、立地は有力な攻め口になりにくいです。クリアカットな逆転劇は36%しかなく、残りは「負けるが勝ち」(上記参照)か、首位攻防戦が延々と続くパターンになります。「負けるが勝ち」パターンは、定義を変えれば成長市場に分類されてもおかしくないケースです。
- 事業組替:安定期を素通りする市場を見切る。常人と真逆の診断をする。
- 逃げるが勝ち:市場の変曲点(斜陽化、低収益化)を読み自ら首位を降りて、次の市場へ向かう。
- 早とちり負け:市場ポテンシャルを見誤り、勇み足で経営資源を減らしてしまう。
- 寄せるが勝ち:事業立地を集団化する。立地シナジー(上述)の場合とほぼ同じ。
- 競合自縛:業界の均衡、ブランドやオペレーションの自縛で、競合を金縛りにする
- 微小シフト:競合の立場を深く理解し、反抗不能な攻め口へ立地をシフトする
- 独自路線:他社を見ずに我が道を行き、時代が追いつくことで逆転する
- 遠方立地:遠く離れた下位市場を選ぶことで、競争せずに市場拡大により逆転する。
構えの周期適応
構えの工夫は、成熟市場の首位奪取の正攻法です。構えの工夫によるクリアカットな逆転劇は88%を占め、1ケースを除いて構えの選択が決め手となっています。そのために、首位企業の弱点を突き、首位企業に応戦させないことがポイントです。例外の1ケースは、高度な競争戦略で、後出しで勝つ方法です。
- 弱点攻撃:首位企業が嫌なところを攻める
- 生産移転:生産拠点の海外移転により、収益率を改善する(弱点=取引関係の変えにくさ)
- 販路再編:市場の志向変化や新販路の出現に合わせて、販路を構築する(弱点=取引関係の変えにくさ)
- 体力勝負:重層化した立地と構えに投資する企業体力で押し潰す(弱点=体力不足)
- 一点突破:戦場を狭く絞り込み、機動力で応戦の隙を与えない(弱点=機動力不足)
- 後発優位:先発企業の間違いを見抜き、間違いを修正しつつ模倣する(弱点=やり直し不可能)
- 後の先:先攻企業を泳がせ、後出しで先攻企業の価値を打ち消す
- 非可逆性の罠:先攻企業が後戻りできないのを見届け、それを逆手にとる。
製品の改善改良
成熟市場でも、製品の工夫で首位奪取は可能です。しかし、管理の工夫で逆転に至ったクリアカットなケースはなく、管理の力で逆転することは不可能と考えた方がよさそうです。
- パラダイム・シフト:首位企業が旧パラダイムに囚われている間に、新パラダイムで奪取を目指す。
- 再発明:食品と日用品に限定。旧製品のパラダイムを否定する要素を加えて再発明する。(低糖質など)
- 技術移転:海外の優れた技術を持ち込んで、パラダイムを変更する。
- 管理強化:トヨタ生産方式によるリードタイム短縮など。クリアカットまではいかない。
- 競合自縛:資源配分の妙で、首位企業の反攻を封じる。
- 辺境投資:首位企業の中で優先順位が低い辺境にあえて投資する
衰退市場の抜け道
衰退市場において、首位攻防戦など論外です。全体102ケースのうち14ケース(14%)しかありませんし、クリアカットなケースも7ケース(11%)しかありません。衰退の原因は代替品の登場です。代替品が登場し衰退が始まれば、まずは撤退か転進を考える必要があります。それでも衰退市場で首位を目指す場合は、①有望な下位市場に軸足を移すか、②構えを衰退の現実に合わせるかの2パターンしかありません。
立地の転換
努力がほとんど報われない衰退市場では、市場をシフトする経営資源の再分配が必要になります。問題は市場シフト距離で、近距離シフトは難易度が低い反面、衰退が上位市場で起きていれば、新旧市場で共倒れリスクが高いです。遠距離シフトは、共倒れリスクが低い反面、難易度が高く、実際、遠距離シフトのケースは近距離シフトに比べて圧倒的に少ないです。
- 捨てるが勝ち:衰退していない上位市場へ視点を移し、別の下位市場へ転地する。
- 下位市場間移動:衰退する下位市場を捨て、同じ上位市場に属する別の下位市場へ移る。(隣接転地)
- 上位市場内移動:上位市場内で、別の下位市場を掘り起こしておく。(隣接開拓)
構えの一新
縮小する衰退市場においては、①業界のコンソリデーションや②グローバル展開といった構えの一新が有力な戦略オプションになります。ただし、一新すべきは川上であり、川下の一新で逆転できたケースはありません。これは、衰退に合わせて供給を絞る必要に迫られるためです。
- 痩せるが勝ち:衰退に合わせて、供給を絞る
- コンソリデーション:撤退する協合企業より、事業を集約し刈り取る
- グローバル展開:海外サプライヤーの買収や海外現地生産化により、海外需要に応えていく。
実務の強化
衰退市場でも、製品次元や管理次元での逆転劇はありますが、とても少なく可能性は著しく限定されています。製品力や原価力を磨くという発想は、他社でも磨くことができるため、通常、相手の追随を防ぐ競争戦略が必要になります。ここでは、競争戦略がなくてもクリアカットになった例を分析しています。しかしながら、推奨する戦略はありません。
- 溜めるが勝ち
- 製品次元:素材のブレークスルーによる新製品で逆転
- 管理次元:企業体力をベースとした価格競争で逆転
市場を首位を獲るには?
以上の分析により、市場で首位を獲得するためには、次のような指針が見えてきます。
- 成長期に首位獲得を目指す
- 適度に流動的な市場で逆転を狙う
- 仕込み、機が熟すのを待つ
- 首位企業の反攻を封じる
- 上位市場内に新立地を拓く
そもそも母数998市場のなかでクリアカットな逆転劇は63ケース(6%)しかなく、この事実は市場占有率で首位を築けばほとんど逆転はできないことを示します。そのため、市場全体にとっての新規顧客が流入してくる成長期の間に顧客を囲い込み首位を獲得することが最優先事項となります。首位を獲得できれば、コスト優位を活かしてチャレンジャーの戦略に徹底抗戦することで、その地位を盤石なものにすることができます。成熟期に入ると、コスト構造が確定し、企業間の序列も膠着状態に入ります。そのため、首位を維持したまま成熟期に突入すれば、独走態勢を確立することができます。
母数998市場のうち186市場は乱戦市場で、逆転市場の一部も含めると全体の20%は不安定な市場です。不安定な市場では、首位を奪取してもすぐに奪い返されるため、コストをかけて首位を獲得する意味が薄れます。市場の安定度は、首位企業を守る防壁(参入障壁)の高低が反映されています。食品市場のように、防壁が低いと多くの企業が参戦して乱戦市場となり、首位を目指す意味が薄れます。逆に、防壁が高いと独占企業の支配力が高い独走市場となり、逆転の見込みがほとんどなくなります。そのため、成熟期で逆転を狙うならば、流動的な乱戦市場でもなく、固定的な独走市場でもない、中間を狙う必要があります。なお、乱戦市場には技術変化の早い市場も含まれます。
クリアカットな逆転劇に絞って考えると、①時機を巧みに捉えたケースが36%、②悠長に構えて我が道を行ったケースが38%であり、ほとんどのケースで逆転のタイミングを事前に制御できる状況ではなかった点が本書の分析から明らかになりました。①の場合は、外部環境の変化に方向を合わせたことで、首位企業が勝手に落ち込み、挑戦企業が勝手に伸びたことで逆転しています。②の場合は、首位企業の防壁を乗り越えるのを諦め、ある意味、運に任せることで逆転しています。どちらの場合でも、時機は誰にも制御できないため、時機を待つことが重要となります。そのため、経営戦略上は占有率に期限を設けないことが肝要になります。例えば、中期経営計画に市場占有率のKPIを設定するのは愚の骨頂です。KPIを設定して、待てずに先走ると、取り返しのつかない失敗になるかもしれません。
競合が反攻せず、相手の快進撃を傍観したケースは、クリアカットな逆転劇の35%を占めていました。複数の立地を統合する総合力で反攻を封じ込めたケースや我が道を行って反攻を封じ込めたケースを合わせると、全体の3分の2が反攻を封じ込めたケースになります。これは、反攻すると自らの競争優位の源泉を壊しかねないため、相手にとって最も合理的な選択肢が「静観」となるからです。そのため、挑戦者は首位企業の強みを弱みに転じる攻め口を見つけ出し、相手を金縛りにして一方的に攻めることで逆転への道が開かれます。そのような攻め口がいつもあるとは限らないため、やはり時機を捉えることも必要になります。
首位企業とは異なる下位市場を伸ばすことで逆転に漕ぎ着けたケースは、クリアカットな逆転劇の41%ほどありました。これは、首位企業と直接対決を避けられ、実質的な競合数をゼロにできるためで、「小さな池の大きな魚」の原理にほかなりません。同様に、事業立地をずらす戦略は、下位市場に新たな市場区分を創り出すことで、隣接転地を行います。一般に、差異化は製品次元で画策することが多いですが、技術者の労力のわりに見返りが小さくなります。本物の差異化は、立地次元で孤高の土俵を打ち立て、戦場自体をずらします。