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経営の力学①|固定費の変動費化

こんにちは。やまもとです。

今回の記事は、企業経営の根底に流れる「力」のようなものがあるのでは?という自分の洞察に基づいています。

もちろん、持論なので、学術的エビデンスはありません。

正しさは保証できないのですが、お読みいただければ幸いです。

固定費とは

まず、製品・サービスの原価のうち、販売数に応じて変動する費用は変動費と呼ばれます。主な変動費は、その製品・サービスを1つ作るのに必要な材料費などです。変動費は、販売量が減れば仕入れ量も減らせば良く、市場の動向に適応させることができます

一方、固定費とは、販売数によって変動しない費用のことで、その製品・サービス全体を提供するのに必要なもの(例えば、建物や機械や人)の費用です。製品単品当たりの固定費を正確に計算するのは不可能なので、通常、見込み販売量で均等分割して原価に転嫁されています。そのため、見込み販売量よりも販売量が少ないと、単品あたりの固定費が増えて、利益が目減りしていきます。さらに販売量が減ると、利益がなくなり、売れれば売れるほど赤字が膨らむことになります。

また、社員を雇用していれば、企業は給料や保険料を払わなければなりません。社員は仕事がなくても雇用し続けなければならないので、人件費は固定費と考えられています。仕事がなければ解雇すればよいと考えるかもしれませんが、再び仕事が増えた時に同じ人を再雇用できるとは限りません。企業が蓄積してきた技術やノウハウが解雇によって流出してしまうことを考える必要があります。

このように、建物や人はすでに購入済みのため、固定費は販売量や仕事が減っても市場の動向に適応させることができません

この状態でさらに販売を続けると、企業の持つ流動資産(預金とか)がどんどん流出し、すぐに使える資金がなくなります。多くの企業は、銀行から借入をして経営しているため、返済期限までに借入を返済しなければなりません。もし、返済期限日に返済できる資金がなければ、その企業は債務不履行により倒産となります。

当然、企業経営者は倒産したくありません。そこで、市場の変化で販売量が急落したとしても、利益を維持できるように、固定費を可能な限り低く抑えておきたいと考えるでしょう。そのため、企業には「固定費を下げたい」という基本的ニーズが存在します。

determined smiling businessman with laptop on street
Photo by Andrea Piacquadio on Pexels.com

固定費の変動費化

費用の中で固定費を下げる方法の1つは、固定費と変動費の比率を変えることです。固定費で調達していた設備や人を、変動費で調達できれば、費用は一定のまま固定費を下げることができます。つまり、「固定費を変動費化」する方法です。

半導体産業のファブレス化

固定費の最たるものは、設備投資に対する返済です。製造業の場合、製品を販売する前に、工場などの生産設備を建築整備する初期投資が必要になります。大抵、このような初期投資は銀行などからの借入れで賄われ、想定稼働年数(例えば、10年など)で按分して返済が行われます。初期投資で建てた設備を使って生産した製品が売れている間は問題ありません。しかし、売れなくなったとしても、この返済はし続けなければなりません。製品の売れ行きに応じて調整することができないため、このような設備投資の借入の返済は事業の重しとなります。

例えば、2000年以降の20年間で、半導体製造業は設計開発のみを行うファブレス企業と生産だけを行うファウンドリー企業に分化していきました。半導体の生産工場の初期投資は、2010年頃で1000億円規模、2020年頃で8000億円規模だったと記憶しています。一方で、半導体(特にメモリ)の価格は、2〜3年で1/5~1/10に値下がりしていました。10年で減価償却しようとしても10年も利益は出ませんし、3年で回収しようにも高価格だと売れ残ってしまう、という最悪の状況です。つまり、半導体業界では、工場を自社で保有することがハイリスクになっていきました。そのため、生産設備を持たずに高付加価値な設計開発に注力する企業(ファブレス企業)が増えていきました。その受け手として、世界中の生産工程を一手に引き受ける生産専門企業(ファウンドリー企業、代表例は台湾TMSC)が巨大化していきました。

これは、半導体工場の巨額初期投資という倒産リスクを回避したいという経営者の心理が力学となって、半導体産業をファブレス産業とファウンドリー産業に分化させる結果となった見ることができるのではないでしょうか?

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Photo by Sergei Starostin on Pexels.com

航空機のリース化

米国の航空産業は、1970年代まで新規参入が禁止された規制業界で、1983年の民間航空局の廃止をもって自由化されました(参考資料)。欧州では、1988年から10年間かけて段階的に自由化が進められました(参考資料)。自由化によって新規参入が増え、規制で高止まりできていた運賃が低下していきました。特に、LCC(ローコストキャリア)の台頭により、価格競争が激化していきました。

運賃が低下したということは、企業は高コスト体質のままではいられないということです。また、競争によって、不採算路線を廃止したり、新路線に参入したりと、ダイナミックに就航路線を変更する必要が出てきます。すると、経営の重荷になってくるのは航空機を所有するコストです。余剰の航空機がなければ、新路線参入のために航空機を購入しなければなりません。しかも、航空機は納入までに数年かかるため、納品を待っていたら、就航機会を失うことになります。路線廃止の場合には、余剰航空機の不活用が問題になります。航空機は、飛ばなければ利益を生み出しません。反対に、飛ばなくとも減価償却によって航空機の価値は目減していきます。そして、航空機を借入で購入していた場合、利益がなくても返済をしていかなければなりません。したがって、競争が激しくなる市場環境において、航空会社では航空機を所有することがハイリスクになっていきました。

航空機を所有したくない航空会社では、航空機を必要な時にだけ借りて運用し始めました。その受け手側として、航空機を一手に所有し、航空会社にリースする航空機リースという産業が立ち上がりました。現在、世界最大の航空機リース企業AirCapでは、1800機以上の航空機を所有し、約300社にリースしているそうです。

この航空業界の出来事は、半導体業界で起きたこととよく似ています。理由は異なりますが、強力に価格低下する市場環境に対してハイリスクな高額設備投資を避けるために、固定費を変動費化することで適応しようとした結果、受け手となる新しい産業(ファウンドリー産業や航空機リース産業)が勃興しました。すなわち、固定費の変動費化には、産業を創出する力があると言えるのかもしれません。

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Photo by Marina Hinic on Pexels.com

サーバーのクラウド化

企業のコンピュータ設備は、専用ルームに行って利用するメインフレーム、端末から全員が同じコンピュータにログインして使用するワークステーション、オフィスに設置されたPCとネットワークで繋がれたサーバで処理を分担するクライアント・サーバー・システム(CSシステム)と、徐々に中央計算装置からローカルな計算装置へと分散化してきました。ところが、2006年頃に提唱されて以降、ネットワークの高速化やAWSの隆盛も伴って、全ての処理をサーバ側で行うクラウド・コンピューティングが主流になりました。

メインフレームは専用ルームにある一台の専用端末でアクセスする必要があり、いつでもどこでも利用できるものではありませんでした。ワークステーションになると数台の専用端末で利用できるようになり、時間に多少融通が効くようになりました。CSシステムでは、インターネットの登場により、いつでもどこからでも利用することが可能になりました。すなわち、この時点で「時間や場所に制限されずに使いたい」という欲求が満たされました。

CSシステム時代、内部情報の流出を恐れて、多くの企業ではシステムを自社で保有していました。しかし、大規模なシステム構築をベンダーに特注すると、数億円〜数十億円という初期投資が必要になりますし、システム構築が終わるまでは何もメリットがありません。市場の変化によりそのシステムが陳腐化しても、減価償却は続いていくことになります。したがって、システムへの投資は、そこそこ大きなリスクになります。

このリスクを回避するために、現在はクラウド・コンピューティングの利用が進んでいます。クラウド・コンピューティングでは、システムを保有する代わりに、必要な時だけ利用することができます。もし、市場動向が変わり、必要無くなったとしても利用を停止するだけですみます。これは、初期投資という固定費利用料という変動費に変えたと見ることができます。

engineer holding laptop
Photo by Christina Morillo on Pexels.com

社員の派遣化

法律によって解雇が難しい日本企業では、どんなに業績が悪化しても、社員に給料を払い続けなければならないため、人件費も固定費となります。繁忙期のある職務では、一時的に人手が必要になります。しかし、だからと言って社員を雇用してしまうと、閑散期には仕事がないのに給料を払い続けることになってしまいます。この問題の対策として、派遣社員を雇う方法が使われています。この方法を使うと、派遣契約の更新をしないことで、解雇することなく社員数をコントロールできるようになります。別の見方をすれば、社員の人件費は固定費ですが、派遣社員の人件費は一種の変動費になります。

労働者派遣法は、1986年に制定され、その後何度も改定されています(参考情報)。当初は、限られた業務だけ派遣社員が認められていましたが、1999年の改定で限られた業務だけが禁止される形になりました。これは、実質的に派遣業の自由化に相当し、2000年ごろから人材派遣業が急速に増加していきました(参考情報)。企業経営にとっては変動費の方がリスクが小さいので、「これは便利だ」という需要が高かったと思われます。

2000年の改定では、一定期間派遣契約で働き、その後、派遣先企業と本人の合意があれば社員として直接雇用できるようになりました(参考情報)。しかし、実際に起きたことは、直接雇用には合意せず派遣契約期間を延長することでした。また、社員に離職を促し、派遣社員として再雇用して賃金を低下させようとする動きもありました。2012年の改定では、1年以内の雇い直しが禁止されました(参考情報)。そして、2015年の改定では、直接雇用を促そうと、派遣契約が原則上限3年になりました(参考情報)。これは、非正規雇用問題が社会問題化してきたことも一端にあります。しかし、派遣期間が3年に制限されたことで起きたのは、派遣契約の解除です。そのため、派遣社員数が横ばいを保っています(参考情報)。

このように、派遣法の改定は、その意図通りに機能していない場面が多いです。しかし、「企業経営では、固定費はハイリスク」という点を考えれば、当たり前のように感じるのではないでしょうか。すなわち、「企業としては、社員ではなく派遣のままにしておきたい」という力が働いているため、なかなか直接雇用には踏み切れないのです。

group of people standing indoors
Photo by fauxels on Pexels.com

経営の力学

このような事例を考えると、固定費の変動費化は、産業や企業に不可逆な変化を与える共通原理に見えてきます。産業や企業に不可逆な変化を促す力の法則と言っても良いかもしれません。力の源となるのは、「倒産させたくない」といった経営者の想いです。大企業の現場になると、「生産性を高めなさい」という指示に変わっているかもしれません。方向性を決める力場は、「固定費の変動費化」場です。そして、もし運動方程式のような時間発展方程式があれば、力の源や力場を使って、産業や企業の行く末を予測できるかもしれません。

このように考えると、産業や企業の発展の過程は、まるでニュートン力学のようです。

そこで、私はこの考え方を「経営の力学」と呼ぶことにしました。

戦略への応用

「固定費の変動費化」は、普遍的なニーズとも言えます。そのため、新サービスを立ち上げる時の戦略的思考の軸になります。

戦略的思考のために、次のような質問について考えてみましょう。

  1. 既存業界が抱える巨大な固定費はどこか?
  2. 初期投資や人件費を変動費に変えるサービスができるか?
  3. 考案したサービスは複数の顧客がいるか?
various fitness machines in modern spacious gym
Photo by Max Vakhtbovych on Pexels.com

例えば、フィットネス業界のトレーニングマシンは一台で数百万円の高額な装置になります。そのため、フィットネスジムを開設するには、場所と装置への高額な初期投資が必要となります。装置を借入資金で購入していれば返済リスクが生まれます。借入を利用しない場合は、開設前に高額な自己資金を用意せねばならず、回収リスクが生まれます。そのため、フィットネス業界では、テナント料や家賃の次くらいにマシン装置の購入にリスクがあります。

フィットネスジム事業を装置事業(所有する装置の使用料をもらう事業形態)と考えれば、航空業界との類似性があることに気づくでしょう。航空業界では航空機が装置でしたが、フィットネスジム事業ではトレーニングマシンが装置になります。ここから類推すれば、多数保有するトレーニングマシンをフィットネスジム事業を展開する企業にリースするビジネスが成立する可能性があります。

現在のフィットネス業界では、大規模なチェーン店のほか、マンションの一室を使うパーソナルジムなどが増えてきています。既存のチェーン店であれば、マシンの一部をリースに変える(つまり、リースバックする)ことで、固定費の削減につながるでしょう。パーソナルジムの場合は、初期投資をリースによって抑制し、失敗時のダメージを最小限に抑えることができます。

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