前回は、ラーニング戦略のアルゴリズム的解釈を試みました。その中で、ポイントの1つとして、「初期視点の良し悪しのマネジメント」が出てきました。しかし、「初期視点の良し悪し」は何を基準に考えれば良いのでしょうか?
そこで、今回は初期視点の良し悪しの基準について、考えて行きたいと思います。
※この記事は、以前、noteで書いたものです。
持続的競争優位が必要になる
研究戦略の役割は、将来市場の問題児を創ることでしたが、その後の事業の成長戦略を描くには、長期間続く持続的競争優位性の獲得が欠かせません。これは、研究だけでなく新規事業にも当てはまるかと思います。そのため、企業が新規事業を考える上では、持続的競争優位性につなげることを念頭においておく必要があります。
持続的競争優位性は、ケイパビリティ学派であるJ.バーニーによって、よく研究されています。以下、J.バーニーの著書「企業戦略論(上)」から抜粋します。
企業は経営資源やケイパビリティの定義、そして経営資源の異質性と経営資源の固着性の前提は非常に抽象度が高いため、このままでは企業の強み・弱みの分析にそのまま適用するわけにはいかない。だが、これらの定義や前提に基づいて、より一般的に適用可能なフレームワークを構築することが可能である。このフレームワークはVRIOフレームワーク(VRIO framework)と呼ばれる。
このフレームワークは、企業が従事する活動に関して発すべき4つの問いによって構成されている。①経済価値(value)に関する問い
出典:ジェイ・B・バーニー「企業戦略論(上)」(2003)
②希少性(rarity)に関する問い
③模倣困難性(inimitability)に関する問い
④組織(organization)に関する問い
VRIOの問いの要点は、次のようなものだと説明されています。
1.経済価値に関する問い
その企業の保有する経営資源やケイパビリティは、その企業が外部環境における脅威や機会に適応することを可能にするか?2.希少性に関する問い
その経営資源を現在コントロールしているのは、ごく少数の競合企業だろうか?3.模倣困難性に関する問い
その経営資源を保有していない企業は、その経営資源を獲得あるいは開発する際にコスト上の不利に直面するだろうか?4.組織に関する問い
出典:ジェイ・B・バーニー「企業戦略論(上)」(2003)
企業が保有する、価値があり希少で模倣コストの大きい経営資源を活用するために、組織的な方針や手続きが整っているだろうか?
また、VRIOの問いと持続的競争優位性の関係は、下図のようになります。
すなわち、持続的競争優位性は、①経済価値があり、②希少で、③模倣困難で、④組織の体制が整っていることで得られます。しかし、問いの要点を見ればわかるように、VRIOフレームワークは現在の強みを分析するツールです。研究に必要な将来市場に対しては、もう少し考えなければいけません。
将来の新規市場の持続的競争優位をつくるには
研究が対象としている将来の新規市場は、まだ出現していない市場なので、その市場での持続的競争優位性は不確実なものです。前々回示したように、不確実性が高い場合には、プランニング戦略は使用できず、ラーニング戦略の方が適しています。また、前回示したように、ラーニング戦略では、まずより良い出発地点を選ばなければなりません。では、VRIOフレームワークでは、どのように出発地点を選べば良いでしょうか?
ここでは、将来の新規市場でのVRIOの各要素の予測可能性を検討したいと思います。
経済価値の予測
経済価値は、「企業戦略論」で、次のように説明されています。
ある企業の経営資源やケイパビリティが強みであるためには、企業がそれらを活用することによって外部環境における機会をうまくとらえることができるか、もしくは外部環境における脅威を無力化することができなければならない。逆に、企業が機会をとらえたり脅威を無力化することをより困難にするような経営資源やケイパビリティは、その企業の弱みであると考えられる。
出典:ジェイ・B・バーニー「企業戦略論(上)」(2003)
ここで、「機会をとらえる」とは、市場から料金を得られることを言います。言い換えると、市場に機会があり、会社に商品があり、顧客が料金を支払う意思があるとき、経済価値があると言えると思います。しかし、将来の新規市場に対しては、市場の機会は不明確で、会社にまだ商品も無く、顧客も自分自身のニーズに気付いていないことが往々にして起こります。そのため、将来市場の経済価値を予測することは不可能に近いと考えられます。むしろ、市場機会が判明しているならば、研究ではなく、急いで事業を始めなければなりません。
稀少性の予測
稀少性希少性は、「企業戦略論」では、次のように説明されています。
企業の内部環境における強みと弱みを理解するうえで、企業の経営資源やケイパビリティの持つ経済価値を理解することは重要な第1ステップである。しかし、それらがおびただしい数の競合企業によって保有されている場合、もはやどの企業にとっても競争優位の源泉になるとは考えられない。むしろ、経済価値はあるが広く普及している(したがって稀少ではない)経営資源やケイパビリティは、競争均衡の源泉となるのである。
出典:ジェイ・B・バーニー「企業戦略論(上)」(2003)
経済価値とは反対に、将来市場における稀少性はある程度予測可能です。なぜなら、今現在、存在しないものは、誰も作らなければ、将来も確実に存在しないからです。そのため、今現在無い製品やサービス、経営資源を創出すれば、将来市場でも稀少である可能性が高いです。ただし、競合他社が模倣してくることを考慮すると、希少性は時間の経過とともに減少してくると考えられます。
模倣困難性の予測
模倣困難性は、「企業戦略論」では、次のように説明されています。
価値があって稀少な経営資源が持続可能な競争優位の源泉となり得る場合は、唯一、その資源をすでに保有する企業に比べ、それを保有しない企業がそれらの経営資源を獲得する際にコスト上の劣位にある場合のみである。
出典:ジェイ・B・バーニー「企業戦略論(上)」(2003)
さらに、模倣には①直接的複製と②代替の2種類があり、これらが困難になる場合について、下記のように説明されています。
直接的複製のためのコストが、最初にこのような経営資源を獲得・開発した、現在競争優位にある企業が支払ったコストよりも大きい場合、この競争優位は持続可能である。だが、もしも直接的複製のコストが当初のコストよりも大きくない場合、この競争優位は「一時的」なものに終わってしまう。
代替品が存在し、模倣する側の企業がその代替経営資源を獲得する際にコスト上の不利をこうむらない場合、最初に(中略)成立した競争優位は一時的なものに終わってしまう。だが、もしも、代替品が見出せない場合、もしくはたとえ代替品があってもその獲得にかかるコストが、当初競争優位をもたらした経営資源の獲得にかかったコストよりも大きい(すなわちコスト上の不利がある)場合には、当初の競争優位が持続可能となる。
出典:ジェイ・B・バーニー「企業戦略論(上)」(2003)
また、模倣困難の要因は、次のように整理しています。
①独自の歴史的条件(同じ歴史を繰り返せないための困難)
出典:ジェイ・B・バーニー「企業戦略論(上)」(2003)を参考に筆者が集約
・時間圧縮の不経済(模倣に歴史の再生が必要になる)
・経路依存性(以前の段階で獲得した経営資源に依存している)
②因果関係不明性(因果が分からないために模倣ができない)
・見えざる資産(当然すぎて内部の者が気付いていない)
・評価の不正確性(内部の者でも理由がわからない)
・資産ストックの相互関連、資産集合の効率性(人や技術の複雑ネットワーク)
・無数の小さな意思決定(小さすぎて、ほとんど外部から見えない)
③社会的複雑性(因果は分かるが、管理の限界を超えていて模倣ができない)
・相互コミュニケーション能力
・企業文化、組織変革リーダー
・サプライヤーや顧客の評判
・社会的な経営資源と物理的な技術の融合(物理的技術だけでは模倣が容易)
④特許(特許自体は模倣に免疫はない)
・継続的に産み続ける能力
この他にも、以下のような事業の模倣困難さも考えられます。
⑤ 経済コストの困難
事業を始めるのに必要な工場の建設や業界トップと同じ規模になるための他社買収など、莫大な資本が必要な困難さです。中小企業では、資本がなければ真似することができません。⑥ 既存市場の自縛
ライバル企業が模倣を自らの判断でやめてしまう場合です。模倣によって既存事業の利益やブランドイメージを損なってしまう場合や、既存事業よりも収益性が低かったり、他社の事業がうまくいくように見なかったりすると、社内の承認プロセスで承認されずに模倣をやめてしまします。⑦ 有限資源の制約
複数社が同時に持つことはできない排他的資源が必要な場合です。例えば、電力や電波のような許認可、鉱山の採掘権や特許権といった権利、商売に有利な土地、強力なパートナーとの関係性といったものがあります。
結局のところ、模倣困難性は一朝一夕には築けないパターンが多く、複雑で、将来どの要因が効いてくるのか分かりません。そのため、予め模倣困難性を予測することは難しいと考えます。
組織体制の予測
適切な組織体制は、競争優位を活かすのに必要です。これを、「企業戦略論」では下記のように記述されています。
企業の競争優位は、その企業の保有する経営資源やケイパビリティの価値、稀少性、そして模倣困難性に依存している。しかし、競争優位を真に実現するには、その企業がそれらの経営資源やケイパビリティを十分に活用できるように組織されていなければならない。(中略)
企業の組織を構成する非常に多くの要素が、この組織に関する問いにとって重要な意味を持っている。主な要素としては、公式の命令・報告系統、マネジメント・コントロール・システム、そして報酬体系などである。これらの要素は、それ単独では競争優位を生み出す力が大変限られているため、補完的な経営資源およびケイパビリティと呼ばれる。これらの経営資源は他の経営資源やケイパビリティと組み合わされた時に、競争優位につながるポテンシャルをフルに発揮するのである。
出典:ジェイ・B・バーニー「企業戦略論(上)」(2003)
既存の組織体制は制約条件となりますが、研究から生まれた新規事業が、既存事業とは全く異なる場合、むしろ組織体制を刷新する必要があります。ただし、研究開始時のその将来事業がまだ見えていない状態では、将来事業に適切な組織体制を予測するのは難しいでしょう。
持続的競争優位性の獲得戦略
ということで、将来の新規市場に対する強みの要素では、稀少性が研究段階で最も予測しやすそうです。経済価値や模倣困難性は、研究をしながら漸進的に確認・構築していくことになるのでしょう。
これは、漸進的な学習を通して戦略を実現するラーニング戦略とよく合致しています。そこで、前回導出した戦略アルゴリズムの形にまとめておきます。
- 出発点:稀少性のある研究テーマを決める
- 仮説 :経済価値や模倣困難性を強化する仮説を立てる
- 仮説検証:成功条件=一時的・持続的競争優位が成立する
- 失敗した場合 →学びから視点を少し変え、2へ戻る
- 成功した場合 →研究から事業に移行する
ここでの成功条件は、一時的・持続的競争優位が成立するとしました。つまり、模倣困難性の獲得は必須ではないことにしました。模倣困難性は、時間圧縮の不経済のように、事業移行後の成長戦略や競争戦略の中で徐々に獲得していくことも可能だと考えられるからです。しかし、稀少性はあっても経済価値がなければ競争劣位になってしまうので、経済価値の検証は必須としました。イメージは下図のようになります。
また、再掲になりますが、研究マネジメントのポイントは下記の通りでした。
- 初期視点の良し悪しのマネジメント
- 仮説の方向性のマネジメント(ビジョンに沿っているか)
- 仮説検証の進む幅のマネジメント(飛躍しすぎない)
- 研究の撤退条件の定義
2について、経済価値と模倣困難性を探究していく方向は、必ずしもビジョンと合致するとは限らないので、マネジメントしていく必要があります。
また、4の通り、撤退条件を決めておく必要があります。例えば、「競合企業でも同じ研究が行われていて稀少性が失われてしまい、一時的競争優位すらも獲得が難しいと考えられる場合」や、「研究とは関係のないところで急激に市場が立ち上がってしまい、早急に事業に移行しなければならない場合」などが考えられます。
まとめ
上記の考察は、「研究」を「新規市場への参入」に置き換えてもらえれば、新事業開発などでも当てはまるかと思います。事業における強みの要素は、経済価値・稀少性・模倣困難性・適切な組織体制の4つでしたが、最初に追求するのは「稀少性」が良さそうですね。
稀少性を追求しながら、「経済価値」(お金になるか)と「模倣困難性」(参入障壁を築けるか)を確かめつつ、「適切な組織体制」を組み立てていくという順番が良さそうです。経済価値と模倣困難性を確かめならがら漸進していくので、計画を立てたとしても、実際にはラーニング戦略のように進めていくことになりそうです。