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創造性の管理会計②|評価制度設計の論点

こんにちは、やまもとです。

創造性をもたらす評価制度とはどんなものなのかを考えるにあたって、評価制度設計における問題を大湾教授のレビュー論文(大湾,2011)をもとに整理しておこうと思います。きちんとした議論を知りたい方は、元の論文を読むことをお勧めします。

評価制度設計の難しさは、「評価制度が従業員の勤労意欲を下げる原因になりやすい」ことと「正しい貢献の評価に基づく報奨に よって従業員のやる気を高める」ことを両立しなければならない点にあります。これは、ほんの少しも間違えられない絶妙な最適解を見つけ出さなければならないということです。アマビールの言うように、創造性にとって内発的モチベーションが重要であるならば、意欲ややる気の低下は創造性にとっても問題となります。

評価制度設計の複雑さは、「評価の目的,評価技術,職場組織などの制度設計の制約条件が多様である」ことと「通常、企業は、 評価制度だけでなく、相互に依存する人事制度全体の改革を考える」ことに原因があります。出荷数のように客観的な評価指標を持つ職務もあれば、主観的評価指標しかない職務もあります。また、評価制度が組織体制や報酬制度と密接に依存している場合、評価制度だけを変更することはほとんどできません。そのため、制約条件の範囲内に収めつつ、他の人事制度との整合性をとっていくことが必要になります。

以下では、大湾(2011)の論点をまとめておきます。

評価指標の組み合わせ問題

評価制度設計で考えるべき次元は、大別して4種類(下表参照)あるため、さらに複雑さが増しています。表には、各次元に2つの選択肢しか書いてありませんが、組み合わせは16種類あります。しかも、実際には中間の選択肢があります。例えば、客観的指標と主観的指標の両方を使って総合的に評価を決める場合などです。

設計次元選択肢1選択肢2
評価方法(How to)客観的指標主観的指標
評価項目(What)インプット指標アウトプット指標
比較方法(Rating)絶対的指標相対的指標
評価対象(Who)集団業績指標個人業績指標
評価指標の大別分類

客観的指標と主観的指

客観的指標と主観的指標は、組み合わせる方が効率的であるという多数の報告があります。Pearce and Stacchetti (1998)は、「雇用主が客観的指標よりも多くの情報を持っている場合,客観的指標に基づく給与と主観的指標に基づくボーナスが効率的であること」を示しました。

Baker, Gibbons, and Murphy (1994)は、「雇用主が客観的指標に影響する従業員の行動を観察できない場合、客観的指標にのみ基づくインセンティブは、従業員の操作的な行動(目標達成したらサボる等)を誘発する」可能性を示唆しています。

ここで、主観的指標が有効になる状況について確認しておきましょう。それは、以下の2つの場合です。

  • 評価報酬システムで、長期雇用を前提としている場合。
  • 評価昇進システムで、高い企業特殊的人的資本が必要な場合。

主観的指標は正しい評価になるまで改善が必要なため、何度も繰り返し適用できる長期雇用が前提になります。

その企業独特の知識・スキル・ノウハウなどの企業特殊的人的資本は、市場比較ができないため客観的指標がなく、主観的指標で評価せざるを得ません。後者の場合、企業特殊的人的資本を活かし、非効率な人材配置にならないように、主観的指標を用いた昇進制度が採用されます。

インプット指標とアウトプット指標

インプット指標とアウトプット指標の問題点は、以下の2つです。

  1. アウトプット指標は、従業員の支配の及ばない要因(景気、消費者嗜好、障害、競合など)が多く、経営者には分かりやすいが、従業員にとって不確実性が高い。
  2. インプット指標は、従業員の私的情報(店舗個別の状況、得意先顧客情報など)の影響が大きく、従業員には分かりやすいが、経営者にとって不確実性が高い。

前者は、従業員が評価の公正さを感じにくく、企業内に不満を蓄積する可能性が高まります。

後者は、制度に依存して問題が発生します。もし、従業員に創意工夫を認めず、マニュアル通りに行動することを求めるなら、従業員の私的情報は活用されないため、非効率な経営をしていることになります。逆に、従業員に権限委譲し、現場での創意工夫を認めならば、私的情報が活用されて効率的な経営になります。しかし、この場合、従業員毎にインプットが異なるため、インプット指標は公正ではなくなります

結局、「従業員の方が私的情報を持っているほど、アウトプット指標にウエイトをおくべきである」となります。

絶対的指標と相対的指標

まず、上位ポスト数が制限されている場合、昇進審査で用いられるどんな評価指標も、相対的指標になります。

その上で、絶対的指標と相対的指標のどちらが良いのかは、客観的指標と主観的指標、インプット指標とアウトプット指標の組み合わせによって変わります。

客観的指標主観的指標
インプット指標絶対的指標
(労働時間など)
相対的指標
(頑張り具合など)
アウトプット指標相対的指標
(売上など)
相対的指標
(出来栄えなど)
絶対評価か相対評価か

絶対的指標が適しているのは、客観的なインプット指標を評価指標にする場合だけです。例えば、アルバイトは、絶対値である労働時間を報酬にリンクしています。

客観的なアウトプット指標は、不確実要因が多いため、相対的指標の方が適しています。例えば、営業の売上が景気の影響を強く受ける場合、絶対的な売上を指標にすると個人の努力とはほぼ無関係に評価が決まることになります。この場合は、相対評価にして、景気の影響を相殺した方が労力を反映した適切な評価になります。

主観的指標の場合は、多くの場合において相対的指標が用いられます。大湾(2011)では、その理由を中心化傾向のためとしています。しかしながら、評価者が複数人いれば、各人の評価尺度が全く同じなわけもなく、そもそも主観的評価を絶対値で比較するのはかなりの注意が必要です。

主観的指標の相対的評価として、評価ランクのそれぞれの割合を強制し、上司に部下のランク付けを強制する方法がよく用いられます。ただし、各部門の能力や業績が等しいという前提が無い限り(ほとんどの場合は成立しない)、強制ランク付け制度を部門ごとに行うのはやめた方がいいです。なぜなら、部門間での不公平が起きてしまい、より不確実性が高まってしまいます。なお、2015年以降のノーレイティング運動によって、GEやGoogleなど多数の企業が強制ランク付制度(レイティング)を止めました(鈴木,2017)。

集団業績指標と個人業績指標

企業では、給与を個人業績指標に関連づけ、ボーナスを集団業績指標に関連づけているケースが多いです。例えば、目標管理制度の下、目標達成度に応じて給与の上昇率を決め、ボーナスは企業利益を一定の比率に応じて従業員に還元するといったケースです。

このように、個人業績指標と集団業績指標を混ぜて運用されているのは、それぞれに長所短所があるからです。長所と短所を、表にまとめておきます。

個人業績指標集団業績指標
長所・個人の行動や努力への感応度が高い
・他人の行動の影響を受けにくい
・組織目標と合致している
・好ましくない行動を誘発する危険が小さい
短所・他者や他部門との協力への誘因がない
・組織の望ましい行動への誘因がない
・個人の行動や努力への感応度が低い
・タダ乗り(フリーライド)への誘因がある
・他人や他部門、外部環境の影響を受ける

マルチタスク問題

実際のほとんどの仕事は、複数の業務をこなすことが求められます。もし、ノイズやバイアスが無いのであれば、各業務を精密に測定する複数の指標が必要になります。しかも、1つの業務は1つの次元で測定できるとは限りません。例えば、量と質の2次元が必要な業務もあるでしょう。したがって、ほとんどの仕事の測定指標には、複数の次元が必要になります。このように、複数の次元を持つベクトル型の測定指標を使う場合には、1次元のスカラー型指標には無かった問題が発生します。それを、マルチタスク問題といいます。

大湾(2011)は、ベクトル型業績指標の問題点として、以下を挙げています。

  • アライメント不足:企業目的と業績指標の方向性の不一致
  • 計測方法のズレ:評価指標の計測方法が、企業価値への貢献につながらない

例えば、営業の仕事が「販売」「ニーズ調査」「クレーム処理」の3つの業務を行う必要があったとします。いずれも現在の売上・将来の売上・評判を通して、企業価値に貢献する業務です。ここで、営業員に業績指標として販売額に基づくインセンティブを与えたらどうなるでしょう?営業員は「販売」に注力して、「マーケティング」や「クレーム処理」には取り組まないかもしれません。これが、アライメント不足です。

また、「ニーズ調査」の評価指標として、顧客訪問回数を計測していたとします。すると、営業員は、顧客訪問は何度もするものの、雑談するだけでニーズ調査をしない、ということも可能です。つまり、顧客訪問回数を測定しても「ニーズ調査」をしていないので、企業価値への貢献は特にありません。これが、計測方法のズレです。実際問題として、ベクトル型指標の全次元でこのようなズレのない計測方法を定義するのは至難の業です。

ベクトル型の評価指標が必要な場合、これらの問題解決を諦め、報酬システムに連動させるのを止めて、固定給が選択されることもあります。

バイアス問題

評価にバイアスがあるという指摘は、心理学や経営学で何度も繰り返されていますが、経済学ではあまり多くはないそうです。あったとしても、主に人種問題に焦点が当てられており、学歴や経験といった個人特性によるバイアスの研究は少ないです。

えこひいき

Prendergast and Topel (1996)は、上司が部下を好き嫌いで評価するえこひいきモデルを研究しました。

えこひいきモデル

このモデルでは、上司が部下を評価し、経営者も部下の業績を評価することで、上司の評価にバイアス(えこひいき)があるかどうかモニタリングします。上司はバイアスを持っており、好きな部下を高く評価し、嫌いな部下を低く評価します。そして、経営者が上司のバイアス(えこひいき)を観測すると、罰金を課しますことで、上司がえこひいきをしないようにします。ただし、上司はえこひいき評価をすることである種の気持ち良さ(評価権限欲求)を得ている分だけ、経営者は上司の賃金を安く設定できるため、罰金が高すぎるとコストが増大します。また、経営者のモニタリングの正確さが低いと不確実性が上がり、えこひいきしていないのに罰金を課されることが起こるため、リスク回避型の上司はリスク分の賃金を要求することになります。そのため、無限に罰金を高くすることはできません。すなわち、上司はある程度えこひいきをし続けることになります。

この研究では、3つの重要な知見が得られています。

  1. 経営者が正確にモニタリングでき、上司がリスク中立的ならば、上司がえこひいきし続けても企業利益への影響はない。(均衡状態に陥る)
  2. 実際には、以下の3つの理由により、均衡状態には陥らない
    1. 経営者は正確にモニタリングできない
    2. 上司がリスク回避型の場合がある
    3. 上司のえこひいき情報を部下が知ることがある(追加措置が必要になる)
  3. 上司が経営者のモニタリング情報を事前に知れば、評価をモニタリング情報に近づけ、中心化傾向が生まれる

中心化傾向

中心化傾向とは、上司による部下の評価が分布の中心付近(5段階評価なら3)に偏ってしまう傾向のことです。その結果、部下の評価に差がなくなるため、上司の評価を報酬制度に使わないという傾向も生まれています。

しかし、中心化傾向の原因は、以下のようにさまざまな主張があり、答えが出ていません。

  • 上司と部下の衝突コストを下げる意図から生じる(MacLeod, 2003)
  • えこひいきに対する罰則への反応として生じる(Pretendergast, Topel, 1996)
  • 評価者の負担から生じる(梅崎, 中嶋, 2005)
  • 分布の中間に属する部下達の業績の違いを区別する能力が上司に欠けているために生じる(Jacob, Lefgren, 2008)

ゲーミング問題

ゲーミングとは、本来の目的からは外れた方法で評価目標を達成しようと操作をすることです。例えば、業績に比例したCEOのボーナスに上限値があり、今期の会社業績が好調な場合、業績の一部を来期に移して、取得できるボーナスを最大化しようする、といった操作のことです。こうして、結果的に、ゲーミングは企業目的と評価目標のズレを鮮明にします

ゲーミングの研究は少ないですが、Oyer(1998)などによれば、非線形な報酬制度がある場合に、ゲーミングを起こすインセンティブが生まれます。非線形な報酬制度とは、例えば次のようなものです。

  • ターゲットボーナスのように閾値を超えたときに、報酬が発生する
  • ボーナスに上限値と下限値が存在する
  • 最低賃金保証が存在する
  • コミッション率の上昇が高い評価期間が存在する

このような場合、従業員は取引日を操作するなどをして、自分の報酬を最大化する誘因が発生します。

このように、非線形報酬はゲーミングの温床になりますが、実際の企業では非線形報酬制度がよく採用されています。これは、非線形報酬の方が、従業員のモチベーションを高め、生産性向上を通じて、結果的に企業業績にポジティブな効果があると考えられているためでしょう。しかし、この点を実証した研究はほとんどありません。

感想

慣れない分野なので時間がかかりましたが、大湾(2011)に挙げられている評価制度設計の論点をざっくり整理してみました。問題点を挙げるばかりで解決策を示していませんが、これは解決策が2011年当時では見つかっていなかったためです。この後の10年間で発展したHRテクノロジー(古野2021)は、2011年当時では解決不能だった問題を解決できるかもしれません。

参考文献

  1. 大湾秀雄, (2011), 評価制度の経済学, 日本労働研究雑誌, 611, 6-21
  2. 鈴木良始. (2017). アメリカ企業における業績評価制度の変革運動 (ノーレイティング) とその背景. 同志社商学69(3), 325-342.
  3. 古野庸一. (2021). 多様な働き方をふまえた評価のあり方. 日本労働研究雑誌.

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