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創造性の管理会計①|初期の3つの研究

こんにちは。やまもとです。

創造性の心理学について調べる中で、アマビールの研究やウッドマンの研究では、個人の創造性と同様に組織の創造性に注目していました。ウッドマンの研究にあったように、組織の創造性は人々の直接的相互作用による社会的作用と、組織の文化や文脈などの背景を通して個人の思考行動に影響を与える文化的作用があります。

文化的作用の中でも、業績評価が個人の創造性に大きな影響を及ぼすことは容易に想像ができます。そこで、「創造性」と「業績評価」で研究を探索したところ、2010年ごろから管理会計領域で創造性がトピックになっていることを見つけました。

単純に考えれば、現在の多くの企業で使われている「目標管理制度(MBO)」は、従業員の活動を目標に収束させ、創造性や創意工夫をさせない仕組みです。この相反する「創造性」と「業績評価」を両立させるための仕組みが研究対象になっているのだと思われます。

この問題を2018年にまとめた論文(佐久間2018)が参考になったので、内容を簡単に紹介してみたいと思います。

業績評価システムの2つの機能

まず、業績評価システムとは次のように定義されています。

業績評価システムは,従業員の行動や努力をなんらかの 方法で測定・把握し,それに応じて評価し,評価結果を給与やボーナス,昇進 といった報酬と関連づけることによって,従業員を動機づけるシステムである。

佐久間(2018)

IT関係者は「システム」と聞くと、ついついITシステムを想像してしまいますが、ここでは必ずしもITシステムではなく、仕組みのことと捉えた方が良いでしょう。この業績評価システムには、以下の2つの機能があります。

業績評価システムの機能

1つは、意思決定支援機能です。経営者だけでなく、現場の管理職や従業員の意思決定に必要な情報を提供する機能です。製造に必要な資材の原価情報や、物品を購入するための予算情報、経営判断のための実績情報など、意思決定に必要な情報を提供する仕組みです。大きな企業であれば、管理会計システムとして備わっていると思います。

もう1つは、意識決定影響機能です。こちらは、人事考課、目標管理、業績評価、給与計算、報酬といった従業員にとって欲しい行動を仕向ける機能です。この機能は、研究では「エージェンシー理論」と「インフォーマティブ原理」の2つの前提があります。

エージェンシー理論は、「経営者は従業員の行動を直接監視できない」という現実に合わせて、「観察可能な行動の結果をもとに、従業員の行動を推測し、評価する」という考え方です。観察可能な行動の結果として、管理会計が使用されます。

インフォーマティブ原理は、「従業員のパフォーマンスをより正確に把握できる指標は、従業員の報酬契約に含めるべき」という考え方です。これに従うと、「創造性を従業員に求めるなら、創造性の指標を報酬契約(インセンティブ)に含めるべき」となりますが、これが問題です。

報酬システムは創造性を促進するのか?阻害するのか?

アマビール(1983)の研究によれば、従業員の創造性を高めるのに重要なのは、内発的モチベーションでした(参考記事)。内発的モチベーションは、ライアンとデシの自己決定理論によって「自律性」「有能感」「関係性」で説明されています。また、同じくデシの1960年代の実験以来、心理学で何度も実験で確かめられてきた「金銭的報酬によって、内発的モチベーションは消滅する」という事実があります。業績評価と連動して報酬を決める仕組み(報酬システム)は、金銭的報酬を決める仕組みです。そのため、この文脈からは、「業績評価システムは、創造性を阻害する」と言えます。

一方、管理会計領域の研究では、創造性に応じた報酬額を定めることが、従業員の創造性を促すとされてきたそうです。これは、人間は基本的に習慣に従うのが楽であり、創造しなければならない認知上の負荷を避けようとする、という前提に基づきます。そのため、従業員が避けたがる創造的アウトプットを出すように努力させるには、認知的負荷を克服するだけのインセンティブが必要で、報酬額がそのメッセージになるという考えです。

これらをまとめると、次のような図になります。

創造性と報酬システムをつなぐ2つの理論

さて、どちらが正しいのでしょう?

①創造性インセンティブが創造性を高める

バイロンら(2012)は、後者の理論をもとにメタ分析を行いました。それよると、創造性は創造性指標に応じた報酬との正の相関がありました。しかし、明確な創造性指標を含めない業績に応じた報酬や、タスクの完遂または参加に応じた報酬とは相関がなかったそうです(下図)。

報酬の種類と創造性の関係

この3種類の報酬は、創造性指標に応じた報酬は「創造性が重要であるというメッセージを発している」のに対し、業績に応じた報酬とタスク完遂・参加に応じた報酬は「そのようなメッセージを発していない」ことが違いの原因とされています。

これは、このようなメッセージを受け取った従業員は、本来避けたい認知的負荷を超えるように努力をするため、創造性と相関が見られたと説明されています。逆に、メッセージがない報酬は、従業員がルーティンワークに時間を割き、なるべく早く仕事を終わらせて帰ろうとするため、むしろ逆効果になるかもしれません。

ここで1つ疑問があります。

果たして、努力すれば創造的なアウトプットはできるのでしょうか

ちなみ、バイロンらは、「業績のフィードバック」と「裁量権の大きさ」が、創造性指標に応じた報酬の創造性に及ぼす影響の大きさを変えていることも発見しています。

業績のフィードバックがあれば自分の有能さを知ることができますし、裁量権が大きいければ自律的に仕事をすることができるようになります。つまり、自己決定理論によれば、これらは「有能感」と「自律性」を通して内発的モチベーションが、創造性に影響していることを示唆しています。

②創造性インセンティブは業績を下げる

Kachelmeierら(2008)とKachekmeier and Williamson (2010)の実験結果は、複数の文献で引用されているため、初期の重要な結果のようです。この実験は、学生にパズルを作成するタスクにやらせ、業績に応じて報酬を与えるというものでした。業績は、創造性で重み付けされた生産数として事前教示しており、創造性生産数に応じたインセンティブがありました。被験者へのインセンティブの割り当ては、2008年の実験ではランダムに、2010年の実験では被験者の自己選択式で行いました。

2008年の実験結果は、下図の通りです。2010年の実験結果も、基本的には同様の結果でした。

Kachelmeier et al. (2008)の実験結果

補足すると、以下のようなことが分かりました。

  • 生産数は、生産数インセンティブで向上するが、創造性インセンティブで低下する。しかも、創造性インセンティブは、生産性インセンティブと負の相関がある。そのため、生産数だけ考えるならば、創造性インセンティブは無い方が良い
  • 創造性は、創造性インセンティブで向上するが、生産数インセンティブで低下する。両インセンティブの間に相関はなかった。インセンティブを自己選択制にした2010年の結果では、創造性が高まったのは初期のタスクだけだった。つまり、創造性を高めるには生産数インセンティブは無い方が良いが、創造性インセンティブがあってももせいぜい初期タスクの創造性が高まる程度で、あまり効果はない
  • 業績=創造性×生産数は、創造性インセンティブの存在によって低下する。これは、創造性インセンティブが、創造性を高める効果が少ししかないにも関わらず、生産数へのネガティブな影響があるためである。結果として、創造性が上がらず、生産数が下がることが原因である。

要するに、「創造性を高めたいからと言って、創造性インセンティブを導入するのはやめておけ」ということです。

このようなことが起こるのは、創造性に必要な試行錯誤・創意工夫に時間を使うと、生産数を稼ぐのに使う時間がなくなるためです。また、そのような創意工夫は、創造性の質を向上させますが、創造性の量を増やすわけではありません。そのため、業績=創造性×生産数が表す「創造性の高いものを大量に生産する」という目的には合いません。

Kachelmeierらは、この結果は「努力すれば創造性が高まるわけではない」(Amabile, 1983)ことを支持しているとしています。

それでは、業績評価と創造性を両立するにはどうしたらいいのでしょう?

③トーナメント型グループ報酬がアイデアを育てる

チェンら(2012)は、実際の企業では、個人ではなくグループで創造的アイデアが出されることに注目して、グールプ単位の報酬(インセンティブ)という考え方を導入しました。しかし、グループ報酬の場合、一般的な問題として、フリーライド(タダ乗り)問題があります。これを防ぐために、出来高に応じた報酬とは別に、トーナメント方式の競争結果に応じた報酬も導入しました。

参考文献をもとに結果をまとめると、下図のようになります。

報酬の評価単位と評価方式の違いによる創造性の違い
(佐久間2018をもとに筆者作成)

個人単位よりもグループ単位の評価の方が創造性が高いのは、グループ内の協力によってアイデアの創造性が高まったからだそうです。これは、個人単位の評価だとグループメンバー間の競争が発生してしまい、協働が阻害されてしまうためです。

チェンらの実験では、トーナメント制グループ報酬は、①グループの一体感が創造性に影響する、②アイデアの個数や多様性には影響しない、③グループ内の意見の増加が最終アウトプットの創造性を向上している、ということも分かっています。

つまり、トーナメント制グループ報酬型インセンティブは、創造的アイデアの創出を高めるわけではない(②)が、アイデアを創造的なものに磨き上げる(③)効果がありそうだということです。Kachelmeierらの結果と同様、インセンティブは創造性の質を高めるが量は増やしませんでした。

まとめ

ここまでだと、アイデアを磨く段階に対する業績評価システムは考えられそうですが、アイデアを出す段階の業績評価システムはよく分かりません。もう少し、調べて見たいと思います。

創造性インセンティブの実際の例として、特許出願に応じた報酬が真っ先に思いつくので、少し考察しておきます。特許出願インセンティブは、一見、創造性のインセンティブに見えますが、実際には生産数のインセンティブになっていると思います。その理由は、特許の創造性を測ることができないからです。そのアイデアが、創造性が高いのか低いのか登録されるまで分かりませんし、社内の誰にも判断できません(特許庁が判断します)。

そのため、特許出願インセンティブで稼ごうと思うと、出願数を増やすことになります。または、経営側も創造性を判断できないので、出願数を目標値にすることになります。すると、特許出願インセンティブは、創造性インセンティブから生産数インセンティブに変わってしまいます。

だとしても、大量に出願すれば、1つくらい大当たりが出るのではないかと予想するかもしれません。しかし、特許出願インセンティブ=(特許の)生産数インセンティブになっているため、上記の結果からすると、量は増えても、質は向上しません。その結果、大当たりも起こらなくなるでしょう。

特許出願数を助長するインセンティブ設計は、本来の目的を見失わせる可能性が高いような気がしますね・・・。

参考文献

佐久間智広. (2018). 業績評価システムが従業員の創造性発揮に及ぼす影響: 文献レビュー (森本三義教授記念号). 松山大学論集30(4-2), 121-142.

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