創造性の心理学⑩|弁証法的創造

こんにちは、やまもとです。

創造性について、Runco教授がまとめた書籍「Creativity」を学習しつつ内容をまとめています。

今回は、反対の視点(アンチテーゼ)を合成(シンセシス)することで創造するプロセスについてまとめてみます。

この方法は、やや高度な認知能力を必要とするため、おそらく思春期の後半にならないとできないと考えられています(Runco2014)。

弁証法的論理学

哲学では、このような反対の視点を合成する思考法は、ヘーゲルの弁証法として知られています。ヘーゲル自身は弁証法を規定したわけではありませんが、ヘーゲルの考え方が弁証法的論理学として形式知化されました。

弁証法的論理学は、次の3つの視点を辿ることで、論理を構成します。

  1. 正の命題(Thesis, テーゼ)
  2. 反対命題(Antithesis, アンチテーゼ):正の命題と矛盾する/反対の命題
  3. 統合命題(Synthesis, ジンテーゼ):アウフヘーベン(止揚)で統合された命題

アウフヘーベンは「反対の反対」や「合」と言われますが、正の命題と反対命題の中間のイメージです。ただし、単なる中間ではなく、1つ上の視座から見た「より望ましい状態」である必要があります。

例えば、ダイエットを例に考えてみましょう。

  1. 正の命題「生活習慣病の危険があるため、ダイエットしなければならない」
  2. 反対命題「太ってもいいから、スイーツを食べ続けたい」
  3. 統合命題「消費カロリーを上げるために、毎日10km走ることにする」

ここで、単に「スイーツを食べるのを止める」では、反対命題を無視するため統合的な解決策にはなりません。ここでは、「スイーツを食べながらダイエットするために運動する」という正の命題にも反対命題にも存在しなかった解決策で、両方の命題を解決を図っています。(筆者注:良い例ではないかも知れません)

この例では、比較的誰でも思いつく解決策でしょうが、統合命題が一筋縄には見つからない場合もあります。その場合、アウフヘーベンを導くには、誰も思いつかなかった創造的問題解決が必要になります。つまり、創造性が必要になります。

Rothenbergの実験

上記のような弁証法的創造性では、統合命題を導出するには反対命題が必要になります。ところが、正の命題が与えられても、反対命題を必ずしも考え出せるわけではありません。そのため、創造性は反対命題を考え出す力に依存しているという仮説が考えられます。

Rothenbergは、1983年にこの仮説を単語から反語を連想する実験で確かめました(Rothenberg,1999)。実験の結果は、ノーベル賞受賞者と潜在的創造性が高いと評価された学生の群の方が、IQの高い精神科患者や潜在的創造性が低いと評価された学生の群よりも、反語を思い浮かべる頻度が高く、また思い浮かべる速度も早い、というものでした。このことから、反対の単語や命題を容易に考え出せる人ほど創造性が高い、ということが示唆されています。

以下に、実験の説明を引用しておきます。

1983年にRothenbergが実験的に明らかにしたところによると、実績のある人や潜在的な創造性を持つ人の間では、ヤヌス・プロセスを使用する傾向や能力があり、それは言葉の連想課題での迅速な反対反応によって示されます。22人のノーベル科学賞受賞者(物理学、化学、医学、生理学)と、創造性があると評価されたイェール大学の学生に、標準的なケント・ローザノフ単語連想テストを個別に実施しました。対照群は、創造性があるとは評価されなかった学生と、IQの高い精神科患者で構成されました。テストの指示は、標準化された刺激単語リストから提示された単語対して、最初に思い浮かんだ単語を答えるというもので、反応の速度と内容の両方が電子的に記録されました。図1に示すように、一般的でポピュラーなタイプの回答をする傾向(下の折れ線)を考慮した結果、統計的に有意な数の迅速な反対の回答をしたのは、創造性を証明された被験者であるノーベル賞受賞者グループであり、次に多かったのは創造性があると評価されたイエール大学の学生であった。これらの被験者の反対反応速度は、実験者が刺激単語を話してから平均1.1〜1.2秒と非常に速く(図2)、同時あるいは実質的に同時の反対連想が形成されていることが示唆されました。

M.A.Runco and S.R.Pritzker, “Encyclopedia of Creativity” Vol.2 (1999), A.Rothenberg, “Janusian Process“, pp.103-108

ヤヌス・プロセス

Rothenbergは、このような反対命題による創造性プロセスを、ヤヌス・プロセス(Janusian Process)としてまとめています(Rothenberg,1999)。ヤヌスとは、ローマ神話における入口と出口の神「ヤヌス神」のことで、前後あるいは左右に2つの顔を持っています。この創造的プロセスも、「正の命題」と「反対命題」の2つの視点を持つため、ヤヌス・プロセスと名付けられています。

ヤヌス・プロセスを簡単に説明すると、複数の反対語や反語を同時に積極的に発想し、相反するアイデアやコンセプト命題を意識的に同時に共存させる創造的プロセスです。ただし、相反するアイデア・コンセプト・命題は、形成段階や臨海段階で機能し、変形・修正されるため、最終的な創造物で直接見られることはほとんどありません(Rothenberg,1999)。例えば、命題「家を毎日掃除しなければならない」と反対命題「家を掃除する必要はない」の場合、解決策として統合命題「自動掃除ロボット」が考えられます。このとき、自動掃除ロボットは家を掃除しているので、「掃除不要」というコンセプトは直接見ることができなくなっています。

Rothenbergは、このヤヌス・プロセスを4段階フェーズとして提案しています。(Rothenberg,1999

(1) 創造意欲(motivation to create)

第1フェーズは、創造意欲を持つ段階です。この段階では、人は「新しい何かを生み出そう」という創造の意図を持ちます。創造では、考えられないことを考えたり、発想したりする必要があるため、強いモチベーションが必要になります。

そのような強いモチベーションを持つには、創造の意図と創造のために選択された領域の両方が、その人自身にとって感情的に重要であることが必要です。感情的重要性があると、その心理的葛藤を解決しようとアンチテーゼに焦点を当て統合する、という心理的プロセスを自然に辿ることになるためです。

(2) 概念的逸脱(deviation or separation)

第2フェーズは、概念的逸脱の段階です。または、正の命題と反対命題を定義する段階です。反対命題を定義するためには、正の命題を規定する科学的規範や社会的通念、あるいは固定観念と言ったものから脱却しなければなりません。結果として、反対命題は、これらの概念から逸脱したものとして定義されることになります。

さらに、その領域で正の命題と反対命題の定義を繰り返すことで、要因分解を進め、対立構造を明らかにしていきます。

ただし、この反対のものは、非常にぼんやりとした意識や無意識で捉えている場合もあります。

(3) 同時対立(simultaneous opposition or antithesis)

第3フェーズは、同時対立と名付けられていますが、ひらめきの段階です。同時対立という名称は、この段階が「一見矛盾するように見える多くの相反する要素が、同時に成立しうる、または同時に作用している」という仮定が、ひらめきの根元にあるためです。

反対命題がぼんやりと保持されていた場合、これに意識的に焦点が当てられ、同時対立が意識されたとき「青天の霹靂」と表現される感覚になることがあります。このような場合、その同時対立は、それまでの要素とは不連続に見えるため、新しいものとして感じられることになります。

(4) 理論構築(construction of theory, discovery, or experiment)

第4フェーズは、理論構築の段階です。この段階では、発見にもとづき、その全容を知るために論理的体系を構築していきます。その体系は、既存の体系を一部修正したものかも知れませんし、全く新しいものかも知れません。

この段階では、論理的思考や科学的知性、観察眼、演繹的思考、検証への細心の注意などが重要になります。

参考:M.A.Runco and S.R.Pritzker, “Encyclopedia of Creativity” Vol.2 (1999), A.Rothenberg, “Janusian Process“, pp.103-108

まとめ

弁証法的論理にもとづく創造性では、反対命題を考えることで、同時対立という認知的葛藤を生み、アウフヘーベンと呼ばれる解決策を求めることで、創造性が発揮されていることが分かりました。

そのために、顕在化した創造性あるいは潜在的創造性を持つ人は、反対命題を効率的に考え出す力があり、この力が創造性の個人差に影響しているという実験的示唆がありました。人材開発としては、創造性を高める手段として、反対命題を考える力を伸ばすという方法が考えられることになります。

この、反対を考える創造性のプロセスは、ヤヌス・プロセスとしてまとめられました。ヤヌス・プロセスは、Wallas(1926)の4ステージモデルとほぼ同等ですが、illuminationの事前要因として「同時対立」を明確にした点で異なります。

参考:インキュベーションとインサイト創造性の思考プロセス

参考

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