事業の定義で考えること

こんにちは。やまもとです。

前回の記事で、事業部制の組織の試行錯誤について書きましたが、事業部制組織をデザインするにはそもそも「事業」を定義しなければなりません。

「事業を何と定義するか」は、組織デザインはもちろん、経営戦略全体に影響を及ぼすため、とても重要になります。では、「良い事業の定義とは何か?」という問いに答えられるでしょうか?

自分は、明確に答えられなかったので、マーケティング検定のテキストを参考に、4つにまとめてみました。

  • 良い事業の定義とは
    1. 顧客の本当に求めているものが明らかなこと
    2. 顧客・機能・技術の観点で評価しても問題ないこと
    3. 事業のコア・コンピタンスを保有していること
    4. 対象市場との適合性・連動性があること

これらは言われてみれば当たり前のことと感じますが、「マーケティング近視眼」や「マーケティング遠視眼」といった無意識の罠があるため、良い定義から外れていても気づかない場合があります。

そこで、まずは「マーケティング近視眼」や「マーケティング遠視眼」を振り返りたいと思います。

マーケティング近視眼

マーケティング近視眼(マイオピア)とは、顧客にとっての手段を目的と考え、事業の範囲を狭く定義してしまうことです。

マーケティングの学習をしていると、セオドア・レビット教授(ハーバード大)が示した鉄道会社の有名な事例に出会うことがあります。

その事例では、次のように問われます。

20世紀初頭に隆盛を誇ったアメリカの鉄道会社は、20世紀中頃にはほとんど衰退してしまいました。衰退の原因は、自動車や航空機の登場によって、鉄道の利用者が減ったためですが、では何故、鉄道会社は自動車や航空機に事業に参入しなかったのでしょうか?

レビット教授は、この問いの答えとして、鉄道会社が自らの事業を「鉄道事業」として定義していたからだとしています。

つまり、長距離バスやレンタカーなどの事業は「鉄道事業」ではないため、鉄道会社は「自分たちの事業ではない」と意思決定してしまいました。この意思決定は「鉄道事業」として合理的だったので、結局、自動車や航空機の事業には参入しませんでしたと。

では、鉄道の利用客たちは、果たして「鉄道に乗ること」を求めていたのでしょうか?

日本には鉄ちゃんと呼ばれる「鉄道に乗ること」が好きな方々もいますが、残念ながら一般の利用客は「鉄道に乗ること」ではなく「目的地に行くこと」を求めていました。

もし、鉄道会社が自らの事業を「輸送事業」と定義していれば、長距離バスやレンタカーの事業をやったとしても何らおかしくはなく、自動車や航空機の事業にも参入する意思決定ができたはずです。

結局、利用客の「目的地へ行きたい」ニーズに対して「鉄道」は手段の1つでしかなかったのに、鉄道会社は「鉄道」を目的にしてしまったこと、すなわち手段と目的の取り違えを起こしていたことが、鉄道会社衰退の繋がったとレビット教授は説明しています。

このように、事業の範囲を狭く定義してしまうことを「マーケティング近視眼(マイオピア)」と言いました。

レビット教授には、「ドリルの購入者は、ドリルを欲していたのではなく、丸い穴を欲していた」という別の有名なエピソードもあります。

この場合、もし自社を「ドリルメーカー」と定義してしまうと、新しい技術が出てきた時に一気に市場地位が危うくなります。

マーケティング遠視眼

マーケティング遠視眼とは、逆に事業範囲を広く定義してしまうことです。

1960年代のGE社では、マーケティング近視眼を避けようと、170あった事業部を43のSBUに改革しました。

その結果、例えば、電線事業部は建設資材事業部に、メーター機器事業部は計測機器事業部に、制御機器事業部はオートメーション機器事業部になりました。

しかし、オートメーション機器という広い事業には、制御機器だけでなく、半導体技術やソフトウェア技術が必要となり投資が膨らみます。

結局、GE社では、全社の投資額が増大し、資金的余裕がなくなっていきました。

つまり、事業を広く捉えすぎても弊害があるということです。

事業のちょうど良い定義

このように、事業の定義は、狭すぎても広すぎても弊害があります。広すぎず狭すぎずちょうど良い定義を見つけなければなりません。では、「ちょうど良い」とは何でしょう?

マーケティング近視眼の例では、自社を「鉄道会社」と定義してしまい、合理的意思決定により他の輸送手段を認めなかったため、アメリカの鉄道会社は衰退しました。すなわち、自社は何者か」という認識が、その後の意思決定に影響し、事業を規定してしまっています。

一方、同じ例において、乗客が本当に求めていたのは「目的地への移動」でした。この要望に対して、鉄道会社は「目的地へ輸送する」という価値提供を手がけていたことになります。もし、この認識の上に立っていれば、鉄道会社は自らを「乗客を目的地へ輸送する『輸送会社』」と定義できたのではないでしょうか?

このことから、事業の「ちょうど良い定義」とは、「顧客が本当に求めているものに合致した定義」と推測できます。

もし、顧客が本当に求めているものが捉えられれば、次のようなステップを辿ると「ちょうど良い定義」が導出できます。

  1. 顧客の本当に求めているもの(目的地への移動)を捉える
  2. それに対し、自社が提供する/している価値(目的地へ輸送する)を明確にする
  3. 自社の提供価値を事業(輸送事業)として定義する

したがって、「顧客が本当に求めているものを捉える」ことが、良い事業の定義を仮に作る上で最も重要と考えられます。

しかし、このように定義しただけでは、マーケティング遠視眼の例にあるように、定義が広すぎるかも知れません。

そのため、この仮定義を評価する必要があります。

事業の定義の評価

上記の仮定義のステップは、顧客が本当に求めているものを捉えられていることが前提になっていました。しかし、「その顧客は適切なのか」「顧客が本当に求めているものを捉えているのか」「自社の提供価値は適切なのか」「仮定義した事業は実行できるのか」といった点に疑問が残ります。そこで、このような観点で評価する必要があります。

一般的に、事業の定義には「顧客・機能・技術」の3つの軸での評価が必要になります。これらは、「誰に・何を・どのように」と言い換えることもできます。

もし、「顧客」や「機能」が適切でない場合、前節の仮定義をやり直す必要があります。

残る「技術」に関して、もしもその事業を実行できるだけの経営資源や技術を保有していなければ、それらを獲得する時間とお金の投資が必要になります。一方、マーケティング遠視眼の例では、事業を広く定義しすぎたため、事業を行うための投資が膨れ上がってしまったことが問題になりました。つまり、マーケティング遠視眼の問題とは、自社が保有していない経営資源や技術を多数必要とする事業の定義をしてしまったことに原因があると言えそうです。

もちろん、ある程度の事業投資は必要になるでしょうが、少なくとも最も投資が必要な事業の基軸となる経営資源(コア・コンピタンス)を保有していないと、「良い事業の定義」とは言えそうにありません。このことから、良い事業の定義は、事業のコア・コンピタンスを保有していることが必要と考えられます。

コア・コンピタンスとの適合

コア・コンピタンスとは

コア・コンピタンスとは、「顧客に対して、他社が模倣できない自社ならではの価値を提供する、企業の中核的な力、一連のスキルや技術」のことです。

例えば、資金や設備、人員だけでなく、顧客との信頼関係や機器設計のノフハウなど見えないものも、コア・コンピタンスになる可能性があります。

注意すべきなのは、経営資源の効率的な配分(ポートフォリオ管理)などでは、コア・コンピタンスの獲得には繋がらないという点です。

そのため、企業経営には、事業の基軸となる経営資源(コア・コンピタンス)を戦略的に育てていくという視点も必要になります。

コア・コンピタンスの選択

事業の定義の評価では、「事業のコア・コンピタンスを保有しているか」が評価軸になりますが、前提として「どのような経営資源を事業のコア・コンピタンスとするのか」という判断が必要になります。

この判断によって、企業としての成長路線、基軸となる経営資源、背負うべきリスクが変わってきます。

例えば、コア・コンピタンスとして「技術」を選ぶと、自社の持つ技術を適用できるターゲット顧客を広げようと考えるでしょう。一方、コア・コンピタンスを「顧客との関係」とすると、ターゲット顧客は変えずに、新しい技術開発や用途提案をすることになります。

実際には、次のような順序で評価することになると思います。

  1. 自社の持つ経営資源を探索する
  2. 事業のコア・コンピタンスとする経営資源を選択する
  3. 定義した事業を実行するのに必要なコア・コンピタンスを含めた経営資源獲得コストを見積もる
  4. 経営資源獲得コストが大きすぎる場合、「機能」縮小を検討し、事業の定義を再検討する

ただし、コア・コンピタンスの定義にもあるように、他社に模倣されてしまうと競争優位性がなくなりコア・コンピタンスとは言えなくなります。また、顧客の要望が変化し、顧客に求められなくなると価値提供能力を失ってしまうため、やはりコア・コンピタンスとは言えなくなります。そのため、事業の定義は、対象となる市場と連動している必要があると考えられます。

対象市場との連動

前述の通り、市場が変化するとコア・コンピタンスが競争力を失ったり、顧客の要望が変化したりします。また、その前提として、競争力のない経営資源をコア・コンピタンスに選択してしまったり、顧客がいない事業を定義してしまっては元も子もありません。そのため、対象となる市場との適合性や連動性を評価しておく必要があります。

評価する軸は、3つあります。

これらは、事業の定義が変わると、その組み合わせを変更する必要が出てきます。

例えば、いくつかのIT製品・サービスを組み合わせたソリューションを事業と定義すると、比較的単価が高くなるため、顧客は大企業や官公庁がターゲットになりそうです。この場合、同様のソリューションを提供している競合企業の分析をし、個別製品を提供する企業に対する強みや弱みを把握する必要が出てきます。また、課題解決のためのコンサルティングや、ソリューションのカスタマイズなどの付帯サービスが必要になってくる可能性があります。

逆に、IT製品・サービスを個別に販売する場合、大企業や官公庁の他に小規模事業もターゲットになります。大企業では、ソリューションだと全社導入を前提に情報システム部が窓口になるのに対して、IT製品・サービスを個別に販売する場合は、事業部単位やチーム単位の導入の場合のように窓口が変わる可能性があります。また、個別製品の販売の場合は、コンサルティングなど行う必要性も低くなります。

まとめ

「マーケティング近視眼」や「マーケティング遠視眼」を考えると、「ちょうど良い事業の定義」が必要になりました。

「ちょうど良い」のは、「顧客が本当に求めているものに合致していること」でした。

「顧客が本当に求めているもの」が判明すれば、「ちょうど良い事業の仮定義」を作ることはできます。

しかし、「ちょうど良い」ことを確かめるためには、事業のコア・コンピタンスを保有していること(内的一貫性)と対象市場との適合性や連動性(外的一貫性)も評価する必要がありました。

これらをまとめると、次の4項目が事業の定義で考えることになります。

  1. 顧客が本当に求めているもの
  2. 顧客・機能・技術の観点で評価すること
  3. 事業のコア・コンピタンスを保有しているか
  4. 対象市場との適合性や連動性はあるか

最初に書いた通り、これらは当たり前のことと感じますが、忘れたときに振り返られるように残しておきたいと思います。

この記事は、「マーケティング検定2級 公式問題集&解説 上巻」を参考にしています。

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